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マリンブルーの檻とこうこうせいの殺意

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しにたい、とか。
しんでほしい、とか。
そんなに使わない言葉でもない。

『次私の番とか、しにたい』
『まじあの先生うざいんだけど。しねよ』

とか。
高校生だって、使わなくはない。ちょっと心配して欲しいときの、スパイシーなエッセンスみたいに、使ってみたり、
ちょっとキツめのジョークとして、会話に取り入れてみたり、
とか。

じゃあこうこうせいの殺意って、それくらい?
そんなもん?
大したことない?
その程度?

殺意は心と同じように、目に見えない。何がきっかけになるのかもわからない。手におえない。避けようがない。
もしかしたら今も、誰かに抱かれてるのかもしれない。わからないけど、調べようもないけど、それでも生きないわけにはいかない。
そしてその矛先は、人にだけ向くとは限らない。動物にかもしれない。無機物にかもしれない。いかりが、かなしみが、ほんの少しの匙加減で、殺意の境界を乗り越える。塩を入れすぎるみたいに。ちょっとの塩はスパイスだけど、多めの塩は体にどくだ。海水なんてもっとどくだわ。




つ。彼の胸の傷痕へ、指を這わす。僕の胸にあるのとは違う紋様の、しかし同じ、運命に縛られる運命を、抱くそれ。
そう思うと彼もまた、被害者なのだろう、運命の。なのに自分から泥を被りに行くなんて、お人好し。僕の横で、あどけない顔で眠っている彼。予定調和の島の中の、たった一人の不確定要素。ジョーカー。トリックスター。効力は未知数……

首筋に掌を押し付けると、冷たかったのか、彼は僕の方へ寝返りを打ってきた。彼はまるで僕に抱きすくめられるような形になる……無防備が過ぎるよ。
両の掌でその首を包み込んでも、まだ彼は、目を覚まさなかった。僕の掌の下で脈打つ血管。皮膚の温度。


――エンペラーの席は、君のために開けてある。
「…………」
――僕は、僕らはいつでも、君を歓迎するよ。
「………、」

誰かの手に掛かるよりは、いっそこの手で、なんて言い訳だ。
僕は天秤に掛けているだけ。彼と言う革命と、何代もの僕と同じ轍を踏む保守を。
銀河美少年の首より、良い手土産があるだろうか?もし、僕が、今ここで彼を絞め殺してしまったと仮定して、それより彼らに取って喜ばしいことがあるか?彼は銀河美少年だが、ジーフリトではない。ジーフリトにも弱点はあったけれど――

……僕は結局、いつものように、彼の首から手を放した。臆病なの?僕の殺意なんて、そんなもんなの?ぼくが嗤う。
彼は胎児のようにねむる。彼と肌を重ねてから、僕が知ったこと。無垢な子供のような寝相で、何も考えないような寝顔で、君はどんな夢を見ている?彼の額に唇を押し付けて気づかれないようにベッドを出て、窓辺でさっきのキスを思った。


彼はまだ目を覚まさない。


海はそろそろ夜明けだろう。マリンブルーの海がオレンジに染まる、この島のもっともうつくしい時間。彼がそれを見たとして、彼はそれをなんと評すのか。

――ふと肩に、何かが触れた。それが何かなんて、振り返るまでもない。

「おはよう」
「………あさ?」
「まだ早い」
「そっかあ…」

ぐ、と素肌の腰に巻き付いたのは彼の腕。肩に触れたのは彼の頭だろう。彼は大きなぬいぐるみでも抱き締めるように、僕を抱き締めた。
「夢を見た」
「どんな?」
「スガタの」
「……へえ」
「スガタが悲しそうな顔してたから、心配で」
「起きたの?」
「んー……」
「…寝たら?」

彼は僕の肩の上で、猫のように欠伸をした。彼は僕を、信用しすぎる。と言うより彼は誰に対しても優しすぎるのだ。
彼はどんなしあわせな世界で生きてきたのだろう。きっと殺意なんて抱くことも受けることもない世界だろう。きれいな彼。きたない僕。僕は彼に汚れて欲しいんだろう。汚したくて汚したくてたまらない。転んで欲しい。悩んで欲しい。ぼろぼろになって欲しい。頼って欲しい。僕を、

「ころしたいと、おもって」
「………ふあ?」
「恨んで」

そして、できれば、ころしたいくらいに、おもってよ。ねえ。

「…夢だよ。これは」
「…………」
「寝よう」

彼の手を引いて、ベッドに戻る。彼はやっぱり眠かったようで、ベッドに入るとすぐに寝息を立て始めた。殺意は寄せては返す波のように。高まっては、何事もなかったようにすましている。今は彼をこんなに愛しいと思うのに。

いつか僕は、彼を本当に、ころしたいと思うのかもしれない。一点の曇りもない、純然たる殺意を、抱くのかもしれない。君なんて来なければよかった、出逢わなければよかった、君さえ居なければ希望なんか持たなかった、きえてほしいと願うかもしれない。
マリンブルーの檻の中で、塩辛い殺意に溺れる。陸だって楽じゃないから、海で生きるのだってつらいわ。溺れる前に、速く浚って。