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その甘みを教えたのはアンタだ

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ルートヴィヒには年の離れた兄がいた。気づいた時には兄がいた。当たり前のことだ。だから兄なのだ。しかしルートヴィヒと兄とは似ていない点が多々あった。それは兄を反面教師にしたとか、そういうことでは全くなかったのだけれど、その時ルートヴィヒを囲んでいた雰囲気とか、そんなものが兄と彼とを似せなかったのかもしれない。
ルートヴィヒと違って、兄はどこか幼い人だった。ルートヴィヒが成長するにつれて知らず知らずのうちに忍耐、耐え凌ぐことを覚えていったというのに、年の離れた兄は(彼よりももちろん随分大人であったのに)、欲望に忠実だった。欲しいものは欲しいといい、やりたいことはどんどんやった。ルートヴィヒに対してもその行動は変わらなかった。ルートヴィヒが断るのも気にせず、兄は両手いっぱいのキャンディ(色とりどりのセロファンで包装してある、小さなものだった)を押しつけ、ルートヴィヒが嫌な顔するのも気にせず、彼の頭をいつもわしゃわしゃと撫でた。そして至る所で手を繋いだ、迷子になるなよ、とか言いながら。そこは家の周りだったので、幼いながらもしっかりした子供だったルートヴィヒが迷うはずはなかったのだけれど、兄は必ず手を取った。子供みたいな兄だったのに、やっぱり大きな手だった。
兄に子ども扱いされるのは嫌いだったが、彼との触れ合いで好きなことがひとつだけあった。兄の手が触れるとき。必ずある香りがした。優しい香りだった。一度だけ聞いたことがある。その香りはなんだ、と。ルートヴィヒの訝しげな顔がよっぽど面白かったのか、兄は吹き出して、香水はまだお前にはえーよ、といった。口を大きく開け、目を細めた、素敵な笑顔だった。その笑顔が酷く心に焼きついた。頭をなぜる兄の手の温かみが愛しいと、その時気づいた。いつからかその香りを心待ちにするようになっていたことも。

* * *

ルートヴィヒが少年から青年と呼べるくらいの年齢になったころ。ルートヴィヒは生真面目なまま成長を遂げた。ルートヴィヒの体が大きくなるのと反比例するみたいに、兄は家に寄り付かなくなった。たまに帰ってきたと思ったら、夕方まで寝ていて、夜になったら出ていく。しかしときどき、朝起きると、ルートヴィヒの部屋のドアノブに、紙袋がかかっていることもあった。中身はショコラだの、ビスケットだの、歯がむずがゆくなりそうな(しかも揃いも揃って子供用の可愛らしいパッケージだった)お菓子の数々。もちろん以前よく兄がくれたキャンディの顔もあった。兄はルートヴィヒをずっと、ずーっとかよわい子供だと思っているみたいだった(もしかしたら兄はルートヴィヒの本当に欲しいものがわからなくて、だから大量の菓子を与えていたのかもしれなかった。そう考えると少し、溶けるように甘いキャンディも愛しく感じられたけど)。どうせならもっと他の、たまにつけるアクセサリーの類だとか、犬の新しい首輪だとか、ちょっと高くて自分で買うのは悩むような書物だとか、欲しいものはいっぱいあった。あったのだけれど、兄はルートヴィヒと言葉を交わすこともほとんどなくなったので、お菓子の礼を言うことも、菓子はいらない、ということもできなかった。ましてや、手を繋いで外に出ることなど。ただただ兄は、夜に家を出て行き、朝に帰ってきては、どこで買ってくるのか紙袋いっぱいの菓子をルートヴィヒに与える。それだけが似ていない兄弟を結びつけていた。寂しい、などと零すこともしなかった。兄と違って感情表現が上手ではなかったルートヴィヒは、寂しさをどう表現したらいいかわからなかった。

* * *
 
ある日の早朝、玄関のドアが開く音で目が覚めた(ルートヴィヒの部屋は屋敷二階のいちばん玄関側の部屋だったから、窓から玄関の様子も丸見えなのだった)。こんな時間に帰ってくるのは兄だ、と直感的に思った。いつもなら気付いていないふりをして二度寝をしているところだが、なぜかその日は無性に気分がよくて、兄と話をしたい、とふと考えついた。
ルートヴィヒはもぞもぞとベッドから起き上がり、薄い毛布を自分の身から剥いだ。寝巻きはタンクトップだったので、軽く上着を羽織る。早朝の部屋の空気はやはり少し寒かった。足音がしないように、ドアに擦り寄る。兄の部屋は、ルートヴィヒの部屋の対角にあった。
 
* * *

兄の部屋のドアをノックするとき、恐ろしく緊張した。部屋に入るのは、それはそれは久しぶりだったから。
「兄さん」
ノックの後に声をかけた。兄は少し驚き含んだ声で、入れよ、と言った。
「どうした、珍しいな……なぁルート」
久しぶりに面と向かって話した兄は寝ていないからか少々やつれていたが、紅玉のように美しい色をした瞳はそのままだった。兄にはあって、ルートヴィヒにはないその宝石みたいな眼光をずっと見つめていたい衝動に駆られたけれども、兄が、何だよ、と呟いたことでその動作をやめた。
「まじまじみると、でかくなったなぁ。お前」
「……昼間会わないからだろう。兄さんとは逆転した生活を送っているから」
「全くだ」
兄は薄く笑った。ルートヴィヒの思い出の中にある笑顔とは違った。知らない笑顔がそこにはあった。ルートヴィヒが苦い顔をしているのを知ってか知らずか、兄は、あ、と呟いてベッドの上に無造作に投げてあった上着のポケットをまさぐった。出てきたのは、小粒のキャンディ。兄はベッドから立ち上がり、部屋に入れてもらったものの、どう振舞ったらいいかわからずにドアの前で立ち尽くすルートヴィヒにつかつかと寄ってきた。
「食べるか?」
返答も聞かずに、兄はルートヴィヒにその色とりどりのキャンディを握らせた。そして、既に兄を身長で追い越したルートヴィヒの頭に手をやる。髪を、兄の手が優しく撫でる。
「今日はこんなもんしかねぇけど……今度好きなものなんか買ってやるよ」
「……いや、いい」
「遠慮すんなって。金はあるからさ」
そういって髪に置いていた手を、兄はルートヴィヒの頬に移した。そして優しく、触れるだけみたいに包む。その動作がくすぐったくて(そして少し切なくて)、ルートヴィヒは静かに目を閉じた。
聞きたいことや言いたいことは山ほどあるはずなのに、するすると出てこない自分がもどかしかった。ただただ、今までの空白の時間を埋めるように、兄の掌の感触を追った。
兄からふわりと、香りがした。しかし、その香りも以前のものとは違う。それは予想していたことだった。兄が、夜になる度に通っている男の匂いなのかもしれなかった。その残酷な妄想に不思議と笑みがこぼれそうになったのを、こらえて、頬に触れる兄の手をとった。あの頃とても大きく感じた、大好きな掌はルートヴィヒの掌にすっぽり収まってしまった。兄の顔に張り付いた笑みも以前のものとは違うように、ルートヴィヒの身体も、気持ちも、以前とは少し違っていることに兄が気付いてくれていればいい、それだけでいいのに、と心の中で祈った。