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「楽園の作り方」8

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足を止めたら動けなくなりそうだったので、そのままの勢いで、突き当たりの扉を開けた。
きらびやかな照明の下、長いテーブルに大勢の男女が座っている。まるで映画で見た晩餐会の一幕のようで、思わずたじろいだ。

「何だ、お前は!」

誰かの声。それを遮るように、

「カイト!」
「マスター!助けにきました!!」

テーブルの奥に座っていたマスターが、驚いた顔で立ち上がる。

「お前!何を言ってる!」
「誰か、つまみ出せ!!」

ざわめきと混乱の中、俺はマスターに駆け寄ろうとして、

「アヤネ、座りなさい」

凛とした声に、一瞬で場が静まった。
マスターが、ゆっくりと視線を一人の老人に向ける。
痩せた体にスーツを纏い、髪を撫でつけた男性は、年老いてなお、威厳を感じさせた。


この人が、マスターの言っていた「お祖父様」。
マンションの一室に作り上げた「楽園」の、神様。


「座りなさい」

再度、静かに促す老人に、

「嫌です」

再びざわめく場を、老人は、僅かに手を挙げて制すると、

「子供のような振る舞いはよしなさい。お前は、恩を仇で返すほど、愚かでもあるまい」
「これが、僕の恩返しですよ。お祖父様」

にーっと笑って、マスターは、体ごと老人に向かう。

「お祖父様も、いい加減、人形遊びは飽きたでしょう?僕が、あなたに反抗してあげます。お人形に囲まれたあなたには、丁度いい刺激でしょう」
「ソウイチの入れ知恵か。全く、あの子にも困ったものだ」
「でも、一番可愛いのでしょう?あなたに表だって反抗したのは、あの人が初めてなのだから」

マスターは腕を組み、老人に微笑みかけた。

「だから、僕もあの人を見習って、あなたの元を飛び出してあげます。どうぞ、全力で潰しにかかってくださいね。そのほうが、僕も張り合いがありますから」
「タカハマ家を敵に回すと言うのか。お前が、そこまで愚かだったとはな」
「子供は、愚かな振る舞いをするものです。けれど、いつまでも、親に手を引かれる訳にもいかないでしょう?喜んでください。あなたの息子は、たった今、あなたの手をふりほどき、自分の足で歩くことを選びました」

マスターは顔を上げ、自分の向かいに座っている青年に、

「ありがとう。君のおかげで決心がついたよ。いつまでも親に守られているのは、みっともなく恥ずかしいことだと、君が身を持って教えてくれた」

真っ赤になって俯く青年が、以前本家で見た、俺に「ごめんなさい」と言った彼なのだと、そのとき気がつく。


そうか、彼が、マスターの、「アヤネ」さんの許嫁なんだ。


気弱そうな、優しそうな顔立ち。
彼はきっと、いい夫になるのだろう。


でも、君にマスターは渡さない。


静まり返った場に、老人の静かな声が響く。

「アヤネ、いい加減に」
「いらない」

冷ややかに、老人の言葉を遮るマスター。

「その名前はいらない。あなたの箱庭にも、興味はない。楽園は、自分で作ります」

そう言うと、凍り付く場を後に、すたすたと扉の前まで来て、俺の腕をとった。

「マスター」
「お待たせ、カイト。行こうか」

俺を促して、広間を出ようとした時、マスターは振り向くと、

「それでは皆様、ごきげんよう」

とびっきりの笑顔で言い放ち、外へと出ていった。




「マスター、ソウイチさんがロビーに来て欲し・・・・・・うわっ!え?どうしたんですか?」

いきなり柱の陰に押し込まれ、抱きつかれる。

「ええええええええいやあのいい急がないと!ソウイチさんが心配して」
「怖かった」

震えたか細い声に、驚いてマスターを見た。

「マスター?」
「・・・・・・怖かった。怖かったよ、カイト・・・・・・」

震える手で、俺の服を握りしめるマスターを、そっと抱きしめる。

「大丈夫です。俺がいますから」


何があっても、あなたの側にいますから。






「カーイトー、早くしないと、車来てるよー」
「ああっ!待ってください!!後これだけ!!」

スーツケースを無理矢理閉じると、急いで部屋から引っ張り出した。

「もう、僕より支度に時間がかかるって何?女の子みたい」

そう言って笑うマスターに、俺も苦笑を返す。


あの後、相当色々揉めたみたいだけれど、結局、マスターがこのマンションを引き払うことで、決着したらしい。
元々、ソウイチさんが引き取ってくれるつもりだったそうだし、それってお咎めなしに近いんじゃないかと。
だから、これで済むと思えなくて、本家の人達が何かしてくるんじゃないと心配だけれど、ソウイチさんとマスターに聞いたら、


「させねえよ」
「させないよ」


声を揃えて笑った二人を見て、腹違いと言えど兄弟なんだなあと改めて思った。


「忘れ物、ない?」
「はい、大丈夫です」

マスターは、いつものシャツにジーンズではなく、何故かフォーマルなワンピースを着込み、リボンのついた帽子をかぶっている。


・・・・・・何でそんな格好なんですかと聞いたら、「似合うでしょ?」と微笑まれた。


いや、似合う、けどね。うん。


「じゃ、行こうか、カイト」
「はい、マスター」

差し出された手を取り、二人で玄関を出る。
何があっても、この手を離さないと、改めて心に誓った。



楽園はここにある。
あなたの腕の中に。



終わり
作品名:「楽園の作り方」8 作家名:シャオ