blackmailer
もちろん、目で力を見たわけじゃない。視覚や聴覚以外で感じ取ったそれに、もっとも近いものといえば嗅覚だろうか。
「動かないほうがいいよ」
低い声が僕の耳元でささやいている。
「無駄に体力を削ぎたくなければ大人しくしていたほうがいい」
ひんやりした指に頬を撫でられて背筋が震える。
「君が持つ王の力はここでは使えない。僕が作り出したこの結界の中ですべて無効になってしまうんだ」
ねえスガタ君、そう言って男は笑った。
ヘッドと呼ばれる男のもとに、僕はもう何度も足を運んでいた。
自らの意志で。危険を承知で。
危機があるならば具体的なかたちになる前に取り去るべきだと考えたから――というのは、実は自分への言い訳にすぎやしない。最初から僕はそれに気づいていたけれど、でも認めたくなんかなかったんだ。綺羅星十字団に所属する下衆な男に、どうしようもなく自分が惹かれていることなんかを。
気づけば僕は、あの男の成すがままになっていた。
体中の力が抜け落ちて、抗うことなどできやしない。
抵抗ひとつしないうちに、僕の衣服は下着ごとヘッドにはぎ取られてしまっていた。
立っていることさえままならず、頼りなく地べたに膝を着く。
崩れ落ちた体にコンクリートの地面がひやりと当たり、僕は一瞬目を閉じた。
次に目を開けた時、目の前に見えたのは、口元を歪めたヘッドの笑顔。
「覚えているだろ?前に僕が君に言ったふたつの提案」
ヘッドは手で僕の顎をつかんだ。目を動かせたのは幸いだった。ヘッドの顔を見ないように視線を逸らすことができたから。
「忘れたなんて言わせないよ」
片手で顎をつかんだまま、彼は片手で僕の髪をつかみ上げた。
目を逸らしたことへの戒めのように、必要以上に強い力で。
「ひとつは僕の絵のモデルになってもらうこと。もちろん描くとなれば、君のきれいな体全部包み隠さず描かせてもらうつもりだ」
舐めまわすような視線が体を往復している。だけど今の僕は、されるがままになるしかない。その悔しさの裏側に、何か別の感情があることを僕はたしかに知っていた。
「――は、なせ……」
必死に絞り出した僕の声を聞いて、ヘッドの眉がわずかに跳ね上がる。
「驚きだな。こんな状況で声を出すことができるなんて。さすが王のしるしを持つ者だ」
「はなせと……言っているのが……」
そこまで言った時、僕の口はヘッドの唇でふさがれてしまっていた。
「聞こえないよ。君が言ったことなんて」
歪んだ笑みが近づいて、噛みつくように口づけられる。
「覚えておくんだ。ここでは僕の言葉が絶対だっていうこと」
少しだけ唇を離した距離で、ヘッドの声がささやいている。
「もうひとつの提案もすぐに実行に移せるさ。綺羅星十字団第一隊、エンペラーの代表は君、シンドウスガタと決まっている」
虫唾が走るような提案を口にしながら、ヘッドは僕の唇を弄んだ。彼の舌はまるでそこだけ別の生き物みたいに、僕の唇を執拗に舐めまわす。
「言っただろ?抵抗なんてできやしない」
ヘッドの体が僕の上に覆いかぶさっていく、まるでそうすることで僕を屈服させられると思っているみたいに。
「だけど実を言えば、君には抵抗したいという気持ちを失ってもらいたくないんだ。抗いたいという想いはストレートに野心に繋がっているから。君が抵抗すればするほど、君の中でリビドーは増殖を続けていくんだ」
彼の言葉に僕は目を見張った。
逃れられない運命の輪は、僕たちふたりのまわりで既に回り始めている。
僕はヘッドを睨みつけた。唇から流れ落ちた唾液の細い糸が、僕と彼とを繋いでいる、視界の隅にそれを見つけて、腰のあたりが変な具合に疼いていた。
「提案は実行される。必ず。君にはやってもらわなきゃならないことがたくさんあるんだ。でもその前に――――」
荒い息を吐きながら、僕はヘッドの言葉の続きを待った。
「君には僕のものになってもらう。僕だけのものに」
強引なキスから逃れようと身を捩れば、腰の疼きはますます強くなっていく。体の奥から熱が集まって、中心はもういきり勃っていた。
「君にとってこれは屈辱なのかな」
これ、と言って彼は僕の熱に手を伸ばした。
「屈辱だとすればとても嬉しいね。だって王の名を持つ者に屈辱を与えるほどの栄誉はないし、僕にとってそれは大きな快楽なわけだから」
「う、う……」
低い声を漏らしながら、僕はぎゅっと目を閉じた。
不可解な力は今では甘美な波になり、うねるように体を包み込む。
指先で目蓋に触れられて、無言の命令を下されたように僕は目を開けた。
世界で一番残酷で美しい笑顔がこちらを見下ろしている。
「さあ、見せておくれ」
笑みを含んだ声でヘッドはささやいた。その声に惹きつけられるように僕の手は彼に向か
って伸ばされる。
「王の屈辱と苦痛が歓びに変わる瞬間を。僕だけに見せて――――」
作品名:blackmailer 作家名:うきぐもさなぎ