腐れていく愛
愛は唇から吐き出される事無く身体の中で腐れていった。
あれは何時の頃だったか。
帝人の手をふいに取ったあの人が、ぽつりと零した言葉。
お前の手、意外と傷だらけなんだな。
僕の小さな頼りない手に無骨な、けれど大きくて広い手が触れた。
その温もりが酷く優しくて、帝人は打ち震える身体を唇を薄く噛むことで独り耐える。
「真っ白で、何も無い手だと、想いましたか?」
声に宿る音は自嘲だ。
確かに何も無いのだ、帝人の手には。
護る力も、受け止める力も。
あるのは薄汚い自分勝手な願いだけで。
それでも願うのを止められない自分が一番汚いのだ。手も、心も、全て。このひととは全然違う。
「そうじゃねぇよ」
優しいひとが少し焦ったように告げた。
そんな顔をさせた自分にまた嫌悪する。嗚呼何て悪循環。
「柔っこくてさ、こう子供のような手みたいだって思いこんでたっていうか」
「・・・静雄さんの、手は大きいですね」
「ああ?・・・まあ、お前に比べたらな。・・・それにろくでもない力を振るう手だ。俺はあまり、好きじゃねぇ」
一瞬暗く淀んだ影が過った表情に、帝人は唇を開いた。
「僕は、」
言葉は無意識だった。
今更何を言うのか、そう思って口を閉じて、けれどこちらを見る綺麗な眸に耐えきれなくて、少しだけ歪んだ眸で彼を見た。
「僕は、静雄さんの手、」
喉が痛い。
苦しい。
辛い。
嗚呼でも、―――止まらない。
「静雄さんの、手。優しくて、強くて、大きくて、僕は、―――好きですよ」
今の自分が伝えられる精いっぱいの想い、だった。
彼は僅かに目を瞠って、けれどどこか仕方がなさそうに笑った。笑ったのだ。
「・・・ありがとよ」
それだけで、僕の言葉は彼に届かなかったのだと知る。
理由を付けて告げた想いは、こうして届かないまま消えて風化していく。そして残った愛も心の中で腐っていくだけだ。
だったら、伝えるだけもう無駄でしょう?
帝人は泣きたくなって、けれど泣くのすらやっぱり無駄に想えて、無理矢理笑った。
最も、うまく笑えた自信なんて、無かったけども。
それでも笑わずにはいられなかった。
そのまますぐに顔を伏せた帝人は知らなかった。
静雄が何かを伝えようと口を開け、けれども戻らない視線に音を出すことなく閉じたことを。
(知ったとしても、ねぇ、それがなんだっていうの)