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雨に霞む

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(何を話したらいいのやら…)
痩せているくせに、鍛えているはずの自分よりも少し高い位置にある薄い肩を眺めながら、幸村は戸惑っていた。
どちらもただ黙っている。この状態がもう10分以上続いているような気がする。時計を見ていないからこれは体感時間であり、本当はもっと短いのだろう。
よく分からないが気まずいことだけは分かるこの状況で、幸村は半ば現実逃避ぎみに事の起こりを思い返した。

雨が降るなんて聞いてない。
部活の後片付けが思ったよりもずいぶん遅くなり、下校時間などとっくの昔に過ぎてしまっている。傘を借りられる友人などもう校内に残ってはいないし、良心が咎めるものの、下駄箱の傘立てに置いてけぼりになっていた傘を借りようとしたらぽっきり折れていた。骨もぼきぼきで、正直これをさして行くくらいだったら鞄でしのいだ方がまだマシだろうというくらいの残念っぷりだった。
(ついていない…)
多少雨が和らぐまで待とうかとも思ったが、まだまだ日の入りが早いせいであたりはすでに暗い。家族に無用な心配をかけるのは嫌だ。冬の雨は辛いが、仕方ない。
覚悟を決めて飛びだそうとした幸村の背に、一つ声がかかった。
「…傘、ないの?」

「なら入ってく?そっちなら俺も同じ方向だし」
思わぬ申し出に二つ返事で礼を言ってしまったのが最後。
それからはずっと、会話らしい会話をまったくしていない。
(…気まずいでござる)
生まれてからほとんど感じたことのない空気だ。もしかしたら初めてかもしれない。
幸村とて誰かと話すのは好きだ。それなりに趣味の合う友人もいる。
だが、この傘に入れてくれた少年(同い年なのだしそう表現するしかないのだが、幸村はなぜか彼には不釣り合いな表現のような気がした。妙に大人っぽい雰囲気がそう思わせるのだろうか)とは同じクラスではあるものの、会話などした覚えが無い。確か、猿飛といったか。変わった苗字だから覚えていた。
しかし、本来なら彼こそこんな雰囲気とは無縁だろうと思う。
幸村が会話したことが無いだけで、彼自身はクラス内でわりと人気者の部類に入るはずなのだ。女子たちがきゃあきゃあ寄ってくるのを作り笑顔で流しているのをよく見掛ける(彼女たちからしたら『爽やか』らしいのだが、幸村から見るとどうにも胡散臭い)。確か共通の友人もいたはず。
これまでの彼の印象は明るくて女子受けがよくて(破廉恥!)、中心というかどこか一線を引いているようなへらへらとした態度ではあるが人気者で、間違ってもこんな風に誰かを誘っておいて自分は無表情なんてそんな態度を取るような人物ではないはずなのだ、が。
(ん?)
おかしい。どうしてこれだけ知っているのに会話した覚えがまるでないのだ。
だいたい幸村のクラスは全員で30人程度しかいない。そんな中でお互い交友範囲がそこそこ広くて共通の友人もいるのに、会話したことすらないというのはどういうことだ。
というか自分の姓が真田で彼が猿飛で、他にさの付く苗字のつく生徒などいないのに、とそこまで考えて思い出した。確か入学式当日隣同士の席だった。そして、猿飛が「すいません俺目ぇ悪いんで」とか言いながらなぜか斜め後ろの席に移っていったことも、挨拶したらなぜか苦い顔をされて、結局顔を背けられてしまったことも。
鈍感だと常日頃から友人たちに揶揄される幸村だが、さすがにここまで露骨だと分かる。間違いなく避けられている。少なくとも好感情を向けられてはいまい。
(俺は、彼に何かしたか?)
元々記憶力にあまり自信はないが、そもそも互いの関わりすら希薄なのである。それでも思い出そうと頭の中をひっくり返そうとして、しかしそうなるとこの状況の説明がつかない。いや、元々つかないのだがさらにわけが分からない。嫌われているわけではないのだろうか。
ぐるぐるとつい思考に没頭してしまったせいで、隣を歩く猿飛の足が止まったことに気付くのが少し遅れた。半歩遅れて幸村も歩を止める。
相変わらず無表情で何を考えているのか分からない彼の顔を見上げながら、幸村はさらに困惑した。
「え、あの、猿飛殿?」
「俺、ここだから」
「ここ、というのはその」
「俺ん家。この角曲がって、しばらく行ったとこ」
「そ、そうでござるか」
失礼だとは思ったが、不覚にもほっとしてしまった。雨に濡れて帰るくらい、今までのあの変に気まずい空気に比べたらよほどマシであろう。
お礼を言って走り去ろうとして、つんのめる。
振り返ると、猿飛が幸村の腕を掴んでいた。
「まだ結構歩くだろ」
「あ、そ、そうでござるが」
「もう俺の家すぐそこだし、これ持ってって」
いやちょっと待て。さっき『しばらく』とか言ってなかったか?いやでも、
何か言いたそうな幸村を遮るように、猿飛が口を開いた。
「いいって。風邪引いたら困るでしょ?剣道部次期主将候補さん」
笑っていた。
目を細めるその姿に、何かが重なる。
「さる、」
「傘はいつでもいいから。返さなくたっていいし。じゃあね、真田、」
最後に何か続けようとして、やっぱりやめたような不自然な間。
なぜだろう。足りない気がする。なにか、とても大切なものを忘れている。
なんでもないのにごくたまに感じる喪失感。それが今この瞬間、一番強くなった。
声を掛けようとして、何を言えばいいのか分からないでいる間にひょろりとした背はもう見えなくなっていた。

そうだ彼はとても足が速くて隠れるのが、隠すのが。

分からない。分からない。
頭の中がぐちゃぐちゃで、でもたった一つだけはっきりしていることがある。
幸村は全く濡れてなんていなくて、彼の肩は制服が水を吸って色が変わっていたこと。
それだけ。
「…いったい、なんなのだ」
傘は明日返そう。
何を話すかは、その時考えればいい。
作品名:雨に霞む 作家名:海斗