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かわいいあのこ

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なんだか最近の赤也はすごく"良い子"だと幸村くんがいうので、俺はクリームパンを咀嚼しながら最近の赤也について振り返ってみた。あの鬼のような合宿も終えて完全引退してしまった俺たちは、あんまり以前より、赤也といっしょの時間を過ごすことはなかったのだけど、それでも、例えば昼休みにクラスにあそびにいくとか、部活がない日の放課後にいっしょに帰るだとか、そういう時間は過ごしていたので、その短いなかでの赤也を思い返してみる。
この前会ったのはおとといの月曜日の昼休みで、俺が購買でだいすきなメロンパンを買い損ねていたら、丸井先輩、よかったらどぞっす!と言って赤也がメロンパンをくれた。以前はぜってーあげませんからね!と言われたことがある。
そのまえは先週の水曜日で、部活がないから一緒に帰りましょって俺のクラスまで迎えにきた。帰りにアイスおごってやったら、ありがとうございます!先輩超いいひと!先輩が先輩でよかったっす!っつって素直に礼を言われた。以前はあざーっすだけだった。
そのまえは、同じく先週の火曜日で、俺が日直の仕事でクラス分のノートを運んでたら、手伝いますよ!とやってきた。以前はいいダイエットになるんじゃねっすか?っていわれた。あれ、わかってたけどあいつすげえ生意気じゃねえ・・・?しかし、たしかに、変わってる。

「・・・・・・ほんとうだ・・・・」
「だろう?!」

と幸村くんはむうと頬をふくらましながら、自分のお弁当の、たまごやきを箸でつきさした。幸村くんは、ほんとうは隣のクラスだけど、よくしばしばここにごはんを食べにくる。このクラスには仁王もいるんだけど、あいつは大抵昼休みはおんなのこのところに行っていて教室にはいない。だからだいたい2人でごはんを食べるのだけど、前にどうして俺んとこ来るの?ってきいたら、だってブン太はおいしそうにご飯食べるじゃない、俺そういうひとと一緒に食べたいって言われた。なんでも真田と食べるとなんか熟年して子供も成人したあとの夫婦みたいな雰囲気がただようらしい。なんとなくわかる気がする。

「え、でもいいことじゃん?」
「まあ日常生活で慈善行為をするのはいいことだけど。でもね、なにより変わったのは、あいつのテニスプレイがやさしくなったことでね!」

あの合宿以来、あいつは悪魔みたいにならなくなった。目が血走らなくなったし、すこし打球がやわらかくもなった、ような気もする。それでも強さだけはどんどん高まっていっているので、俺はそれはそれでいいんじゃないかなあともおもっていた。だって怖いよりは、やさしいほうが受け入れられる。それが世間だから。

「あの悪魔赤也もかわいかったのに・・・」

そう言って幸村くんは箸にささったたまごやきを口にいれた。ああなるほど幸村くんの趣味のはなしか。 幸村くんは薄幸な王子様ってかんじで、とても線がほそくて、物腰もやわらかで、きれいな整った顔をいていて、ガーデニングが趣味だったりするのに、ときどきオカルト的というか、サタニズム的というか、そういうものに興味を示したりするのでわからない。ちなみに立海男子テニス部においてスプラッタホラー映画観賞会したとき、それをすずしい顔で見てたのは幸村くんだけである。柳はホラーは平気らしいけどスプラッタがだめらしい。おれはほんとそういうの無理なのでぜったい見ないように顔を手で覆い隠すようにしている。赤也はずっとおれのうしろに隠れてた。

そういえば、はじめて赤也が悪魔化したとき、おれは正直すこしこわくって、なんだか知らないひとみたいで、おびえていたけど、幸村くんだけは、「いいよそれ!すごくいいよ!そのキャラでいこう!!」と目をきらきらさせてはしゃいでいた。そのキャラでいこうの意味がわからない。だけどそれを認められた赤也は、それがすごくうれしかったらしく、一気に幸村くんに懐いた。
あいつはほんとうになんつーか、誉められて伸びる単純なワカメである。

「幸村くんお気に入りだったもんな・・・」
「うん・・・卒業までにもっかい仕込み直そうかな・・・真田を犠牲にして」

さらっと恐ろしいことを言うのも幸村くんクオリティであるので気にしない。真田は真田だから仕方ない。うーん、とおれは考える。どっちの赤也も、赤也だから、おれはべつにどっちが特別いい!とかはなくって、ただあいつが強くなればそれでいい。でも柳が、アレはとても負荷がかかるものだと言っていた。おれはむずかしいことはよくわかんないけど、赤也が壊れてしまうのはいやだから、赤也が赤也としてテニスができるなら、なんでもいいというのが本音か。それで来年、優勝旗を部室に取り戻してくれたら、いいんだ。なんていうか、面子がとかじゃなくって、ただおれは、赤也に全国優勝をしたときって、こういう気持ちなんだってのを、知ってほしいだけだ。俺が体験した、あの喜びや感動や、涙や、なんか言葉にすると薄っぺらくなっていけないけど、そんな感情を、あいつにも味わってほしいだけだ。だから、俺らは、すこし夏を、後悔している。後輩たちに、俺達が味わったものを、与えられなかったことに。

「・・・でもねブン太」
「うん?」
「おれはね、まあテニスのことは冗談として、最近の赤也がやさしいのは、やっぱり理由があるとおもってね」
「理由?」
「だって、もう1月だ」

気づいたら、後悔の夏は過ぎて、壮絶な秋がおわって、そうして年があけた。おれたちはエスカレーターなので受験がないぶんのんびりはしているけれど、それでももう、1月だ。日が落ちるのもまだ早くて、夜は長い。手の先は冷えて、暦の上では春だけど、雪もちらつく、1月だ。

「あと2ヶ月かあ・・・」
「うん、2ヶ月」
「・・・俺も赤也にやさしくしてやろ」
「あれ、ブン太はいつもやさしいと思ってたけど?」
「わかってるねー幸村くん。ま、いままで以上にってことで」
「ふふ、じゃあおれも、やさしく指導でもしようかな」
「え?悪魔化の?」
「赤也が赤也であるための」

やさしく、だなんて言葉にするけど、幸村くんのやさしさは、やわらかい厳しさであることを俺は知っているので、わー赤也がんばれーと口の中で言った。真田の厳しさが、それこそ雷のようなするどいものなら、幸村くんのやさしさは霧のようなものだ。ぼやけて、つかみにくくて、それでもきちんと、その中で、導いてくれる。
とりあえず俺は放課後赤也のとこにいって、今日は水曜で部活も休みだし、マックでモンハンでもしようって、誘おうかとおもう。
作品名:かわいいあのこ 作家名:萩子