二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

構って欲しい

INDEX|1ページ/1ページ|

 
「留三郎」

と、掛けた声に返答はない。

つまらない。大変つまらない。

そう思ったまま表情に浮かべてじぃと伊作は目前で本を読む男を見詰めた。
伊作の同級生であり五年以上を同室で過ごしてきた元親友、現在恋人である男――留三郎は、夕食を終えて風呂を終えて、ちょっと早いが布団を敷いてからこちら、ずぅっと布団の上に寝そべって本を読み続けている。
幾重にも頁が重なった重たく分厚い本。何かの軍記だと言っていた気がするが、一体何だっただろうか、最早それすら忘れた。
実は長次に次いで本が好きな彼。特に軍記なぞは血が逸るのだというがその感覚はさっぱりと伊作には理解出来ない。
それよりも、折角二人きりなのに、何の予定も無く一緒に居られるのに、伊作を目の前にして本を読みふける相手が気に入らない。
思い切り匂う薬を今から煎じてやろうか、なんて思いが頭を擡げる――が、本当に煎じてしまったら今度は自分がそちらに掛かりきりになるのも目に見えている。
だって薬は途中で目を離して良いようなものではない。
非常に繊細なのだ。何か一つ分量を間違えただけで失敗する。
失敗ならまだいい、変な薬効を出してしまったりすることもある。薬は時に毒にもなり得る。
作り上げるまでがお仕事です!目を離してはいけない。だから伊作は薬を作るとき、それこそ愛しい恋人の声さえも右から左へと聞き流す勢いで集中する。

と、そこまで考えて、はぁ、と伊作は溜息を吐いた。

結局はお互い様なのだ、よく分かっている。

お互いに集中すると周りが見えなくなる。だから今留三郎は目の前の本に掛かりきりで伊作の声なぞ聞いていないのだろうし、そもそも届いているかどうかも怪しい。

お互い様だ。――わかっている。

それでも。

伊作は音も無く留三郎の背後に忍び寄り、寝転びながら開いた本に手を掛けた。
破ってしまいたいなぁ、なんて物騒な考えも一瞬浮かびはしたけれど、まあ今回はそれは勘弁してやることにする。
だって本気で怒りかねない。
右手と左手で軽く押さえられただけの本をひょいと奪い取り、ぱたんと開かれた頁を閉じる。

「あっ!」

取り上げた瞬間、留三郎が声を上げた。
けれど伊作も退かない。寝巻きの袷にぐいと本を忍ばせて、さっさと留三郎から離れる。

「返せ」

布団の上に起き上がって、偉そうにその場で足を組んで、留三郎はずい、と手を出してきた。
誰が返すものか、と伊作は胸に抱えた本を腕で隠す。

「また明日にでも読めばいいだろ」

冷たくそう言い放てば

「今読みてぇんだよ!」

子供のような駄々が返って来た。中途半端に読んでしまったから続きが気になる、とそういうことだろう。
多分止めなければどれだけでも、人も虫も寝静まるような深夜になっても燭台に灯りを灯して読んでいそうな勢いだ。
それほど先が気になるのだろう。そう判っていても、伊作は胸に抱えた本を離そうとはせずににこりと笑って留三郎の目の前に正座した。

「何度も呼んだのに君が気付かないからいけないんだろ? 何回呼んだか知ってるかい」

菩薩の如き柔らかで優しげな微笑みを浮かべて問う。
そんな表情を目の前にしているのに、留三郎の表情は固まった。
微笑みの裏に、はっきりと怒りが隠れて居る事を見て取ったからだ。

「……悪かった」

あっさりと留三郎は謝罪の言葉を口にする。
変な頑固さもあるが、自分に非があった、と思えばすぐに行動に移せる人なのだ。
似たような性格をしていてもこれが文次郎なら延々と俺は悪くない、と続けるところ。
実直で素直な留三郎が、好きだから、簡単な謝罪の言葉一つで伊作は許してしまう。

「留三郎」

布団の上に指を這わせて腰を上げて、四つんばいの獣のような姿勢で伊作はずい、と留三郎に近付いた。

「おう」

そのまま伸びる伊作の腕を、留三郎は振り払わない。
その首に巻きつくままにさせてくれる。
人体の急所の一つだろうと、どこだろうと、伊作の手ならば留三郎は拒まない。好きに触れさせてくれる。
その甘さが、心地良い。

巻きつけた腕でぐい、と留三郎の身体を引っ張って、伊作は布団の上に倒れこんだ。

「おい、ちょ……っ」

引き寄せた留三郎の身体が伊作の上に覆い被さる。
体格も違えば体重もそれなりに違う。
筋肉のつき方が薄い伊作と違って、しなやかに筋肉をつけた留三郎の身体は少し重たい。
それを慮ってか、留三郎は布団の上に肘をついて、伊作の身体の上から僅かに自分の身を起こした。

「……驚いただろうが」

そう言う留三郎に、伊作はくすくすと笑って。

「構って欲しいんだ」

と、告げる。
頭の天辺で結ばれた髪を片手でぐい、と引っ張りながらもう片手で自分の胸に向かって首を引き寄せて。

「明日は新野先生がいないから僕は医務室に宿直だし、明後日は留が校外忍務。帰ってきたらどうせ疲れきって寝ちゃうだろ。その後は実習が入ってるの覚えてる? 忘れてるだろ。今日君に触れなかったら、僕はいつ触れたらいい?」

少しばかり甘えた声で問い掛けて、布団の上で首を捻って見せる。
胸元ぎりぎりにまで顔を近づけた留三郎は一瞬きょとんとした表情で目を見開いて。それからくつりと低い笑い声を零した。

伊作が先程寝巻きの袷に忍ばせた分厚い本を邪魔だといわんばかりに取り去って、素肌の胸にちゅう、と口付ける。
びくりと身体を震わせる伊作の反応を見て、留三郎は深く笑みを浮かべた。

「この、甘えん坊」
「留に言われたくない。言っておくけど、乳なんて吸っても出ないからね」
「知ってらぁ。何年の付き合いになると思ってんだ」

それでも肌に触れる口付けをやめることはせず、留三郎は伊作の胸に甘えてくる。
寝転んだ際に捲れ上がった寝巻きの裾を完璧に捲り上げて、伊作の腿までを露わにして。
つ、と指先で撫でて、また一つ笑った。

「お前がもういい、って言っても構ってやるよ。お前が望んだんだ、なぁ?」

覚悟しろよ、と冗談交じりのような声音で囁かれて。

「僕の方が絶対に欲深い。留こそ覚悟しなよ」

と、売り言葉に買い言葉、そんな調子で答えてしまって。
後から伊作は留三郎の欲の深さに後悔する羽目になるのだが。
それはまた別の話。
作品名:構って欲しい 作家名:ゆえん