幸せすぎて
ただ俺の強さが、俺にとっていいものかどうかは別だが。
まぁそんな俺だからそうそう恐怖なんて感じないし、殴られたり刺されてもそれなりに痛みは感じるけど、死ぬかも、なんて思ったことはない。
いや、なかった。
たぶん俺は殺されるかもしれねぇ。冗談じゃなしに。
きっとこいつはナイフも爆弾も銃もなにも持たずに、俺を殺せるんだろう。
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いつからだったのか忘れてしまったけど、胸の奥がぐっと詰まる感覚があった。
焼き鳥の屋台を見た時だったり、良く飲んでるジュースの空き缶を見た時だったり、青い制服を見た時だったりした。
セルティと喋ってるときにも時々名前がでる。サイモンとか門田に会った時も「最近どうだ」なんて聞かれたりする。
そのたびに俺の胸の奥は熱くなって、口元がだらしなく下がりそうになるのを渋面を作って耐えたりした。
「あ、静雄さん!」
別に嫌なわけじゃない。ぎゅっと胸に詰まったこの感じは嫌なわけじゃなくて、ただひたすらに熱くて、むやみに手を振り回したくなるというか、電柱とか街灯あたりにパンチをしたくなるというか。今ならノミ蟲と会っても鼻で笑って見逃してやれ・・なくはないかもしれない。いや、無理かもしれない。
一つ一つの思い出とか新しい発見とかにっこり笑ってくれる笑顔とか、そういうものがどんどん溜まっていって俺の中を満たしていく。
今までの自分が、何も変わっていないはずなのに変わっていっている気がする。
だけど嫌じゃない。だけど苦しい。
「・・静雄さん?」
名前を呼ばれるのは好きだ。そう、この胸の感覚と同じように好きなんだ。苦しいけど、好きだ。
ちょっと控えめな小さな呼び声。セルティや(胸糞悪いが)臨也を呼ぶ時とも違う、柔らかくて優しい声。
俺はちょっとした言葉でイライラしちまう。だから人の声なんてない方がいい。寂しいけど。その方が俺にも相手にもいいと思ってた。
だけどあいつの声は違う。あいつの声だけは違った。
「しずおさーん」
俺を呼ぶのと同じ声で、他の誰も呼ばないでほしいと思った。
俺に笑いかけるのと同じ笑顔を、他の誰にも向けないでほしいと思った。
焼き鳥の屋台を見た時、良く飲んでるジュースの空き缶を見た時、青い制服を見た時、俺があいつを思い出すのと同じように、あいつが俺を思い出してくれたらいいと思った。
この胸に積もる苦しいほどの想いを、決して嫌いになんてなれない。
「静雄さんってば!」
あぁ、そうだ、こんなちょっと拗ねた顔だって他の誰にも見せたくね・・・って!
「竜ヶ峰!?」
「そうですよ・・どうかしたんですか?すっごくぼーっとしてましたけど」
具合でも悪いんですか?と首を傾げる姿も可愛くてかわいくて、あぁダメだ!
(んな可愛い顔してんじゃねぇよ攫われるぞ!俺に!いや、違う、俺以外の馬鹿で変態なやつらに!!)
あたりを見渡せばそそくさと足早に去っていく住民たち。
避けられるのも慣れたが、あからさまに好奇の視線だけを寄越して逃げられるのは気持ちのいいもんじゃない。
同じような視線にさらされているはずの竜ヶ峰は、それでも俺に向かって柔らかく微笑んでくれる。
(やっぱりいいなぁ、こいつ・・・)
嬉しくなって頭を撫でれば、くすぐったそうに肩をすくめる。その仕草がまるで子犬のようで微笑ましくて、さらに胸の奥が熱くなっていく。
今までだって熱くて重くて俺の中を満杯にするぐらいに溢れそうなぐらいに積もっているというのに、これ以上となるとどうなってしまうのか。
「悪い、なんか用だったか?」
「いえ、あそこから静雄さんが見えたので、走ってきちゃいました」
と、まぁ可愛いことを言いながら向かいの通りを指す。
にこにこと嬉しげに笑う笑顔に、そろそろ俺も心の耐性ができてもいいはずじゃないだろうか。
でも全然慣れる気配もなくて、ぐぐーっと熱くなる胸と顔を堪えようと、その笑顔から視線を外した。
するときゅっと俺の無骨な手が、小さな温かい手に包まれる。
その小さな熱に、俺の手も胸も顔も頭も全身が熱くなっていって
「静雄さん」
もう頭が爆発するんじゃないかってぐらいに熱くて、感情がいっぱいになって、溢れそうで、甘いもん食べ過ぎて苦しいみたいな、つまり何ていうか
「りゅ・・・み、帝人」
「はい!静雄さん!」
「・・・す、・・・・・す、すき、だ」
顔なんて見れずに視線を外したままだけど、それでもわかる。きっとこいつはやっぱり俺の頭とか爆発するぐらいに可愛い笑顔で笑ってるに違いない。
だって俺の手を握る力が増して、俺と同じぐらいに熱くなって、そんで
「・・僕も、好き、です」
なんて言ってくれる。
あぁもう死にそうだ。嬉しすぎて幸せすぎて、もう全身が吹っ飛びそうだ。
俺は人より丈夫で強くて、ちょっとやそっとじゃ死なない体をしているけど、こいつの前ではそんな力も何も役に立たない。
意を決して返した視線の先では、やっぱり思い描いたものと同じかそれ以上に光り輝くような笑顔を向けていてくれた帝人を俺は抱きしめた。
苦しくないように、痛くないように調節した俺の腕のなかで、頬を擦りつけるように抱きしめ返してくれた帝人に、俺は死ねると思った。
ナイフも爆弾も銃も必要ない。
こいつはその微笑み一つで俺を幸せ死にさせることができるだろう。