チョコレート遊撃戦
海外の偉い何かの研究者曰く、チョコレートには恋愛物質が含まれているらしい。
好きな人と目が合ったり手が触れ合ったりしたときに脳から出る物質がチョコには含まれているのだそうだ。そうなると、二月にはいり企業の作戦で売り出された波のようなチョコの数も、世の恋人たちや片思いをしている人たちにとっては強い味方なのかもしれない。
「予想はしていたんですけど、やっぱりさすが臨也さんと言うべきですかね」
偶々知り合いの青年が抱えている、紙袋の中身を見てげんなりする。小奇麗に丁寧にラッピングされている例のそれがはち切れんばかりに詰め込まれていた。
同じ男として、この違いは何なのだろうか。顔か、体格か、生まれ持つ彼の作りの良さを思い知らされる。性格は欠陥品だと思うが。
「いやぁ、こんなに貰ってもね。食べきれないし、中に毒でも盛られてたら大変だからほとんどは捨てるよ」
そう言い放つ、青年は満更でもなさそうだ。そのほとんどのうち、僅かに残る事が出来て食べて貰えたチョコに、ピンポイントで毒が盛られていますように、と切に思った。
彼にチョコを渡した女性が、悲しく思えた。心をこめて、前日に用意したのだろうなと。僕がもし、もしも園原さんにそのような物を貰えたのなら、ましてや心をこめて作ってもらえらのなら、帰宅後一人自室でワルツでも踊れそうなくらい舞い上がるだろうに。
「それってひどいですよね。ちゃんとお返しはするんですか?」
「直接渡してくれれば、お返しはできるだけしたいよ。でもさ、匿名でかなりの量を貰っちゃうから結局返せないんだよね。」
匿名なら難しいなぁと僕はうなずく。
「しかも匿名ってなんか嫌なんだよね。独りよがりっぽくない?気持ちの押しつけっていうかさぁ、君はそこで終わって満足なのか?って」
「でも照れ屋な方ならそういう手段を使っちゃうかもしれませんよ」
「まぁ、返す返さないの主導権は俺だから」
そういって悪い顔をする彼はやはり、性格は良くないな、と改めて実感した。
「せめて貰った半分くらいは食べたらどうですか?」
「嫌だよ、そんなことしたら糖分過剰摂取で死ぬね俺。甘いのそんなに好きじゃないし」
「なんですか糖分過剰摂取で死ぬって」
「そんなに食べてほしいなら、言い出しっぺの君も手伝えよ」
「えっ、いやそれは臨也さんが貰ったものであり僕が食べたら送った女性方が不快に思いますって」
「俺がいいっつてんだよ?大丈夫大丈夫」
「何が大丈夫か全然わからないんですけど。そもそも僕も甘いものそんなに得意じゃないですし」
「自分が嫌なこと人にやるんだ君って子は、あーやだやだ。」
「それとこれとは話がまったく違います!」
変なところでむきになり、お互いだんだん子供っぽい口喧嘩になってきていた。彼は口が達者なのできっと僕を上手にまとめてチョコを押し付けてくるだろう。それは僕の名誉と、女性たちの純粋な思いに誓ってなんとしても避けたかった。
「帝人君知ってる?チョコというのには恋愛物質というのが入っていてだね、一人身の君に文字通りの甘い疑似恋愛をさせてあげよう」
「疑似ってなんですか!大きなお世話ですよ!」
屈辱的だ。なんだって僕が臨也さんに悲しいかな恋愛を体験させて貰わなければならないのだ。恥ずかしいやら腹立たしいやらで口から言葉が流れ出す。危ない傾向だ。思ってもいないことが浮かぶ。
「大体ですね、今僕はチョコ貰うよりも、コンビニの温かいおでんでも食べてた方が絶対幸せですね!チョコよりも寒いところで食べるおでんの方が恋愛物質含んでます!!」
ぽかんとしていた。臨也さんが。ついでに僕も。
おでんって何だ。
「君の好物ってなんだか、地味だよね」
数分で彼が絞り出した言葉はそれだった。他に交わす言葉も無いので僕も頷いておく。
おもむろに彼が、紙袋の中から綺麗に妄想された箱を取り出し、ラッピングを楽しむことも無く破り始めた。シンプルなデザインの箱の中身はやはりチョコだった。一口サイズのチョコが四つほど、さもお高いんですよ、という雰囲気で入っていた。それを摘まんで彼は、
「ほれ」
軽い掛け声とは裏腹に口にそれをねじ込まれた。不意打ちに驚き唇を緩めてしまった。甘い香りが口内に広がる。体温ですぐにとろり、と溶ける。雰囲気通り、お高いんですね、という味であった。
「美味しいです…」
「だろ?これって結構有名なとこのチョコだからねぇ」
なんて彼は得意気に自慢している。なんで貴方が鼻を高くしてるんですか。なんだかよくわからないチョコレート事情を彼は今現在進行形で話している。
「臨也さん、」
「何?っ」
僕も男なのでやられっぱなしは腹立たしい。こっそりあと三つになったチョコの一つを先ほどの彼の様に口に放り込んでやった。思わず口が緩む。やってやったぞ。
ここからが本番だった。臨也さんが本気を出し、僕だって必死で抵抗し、その日池袋では大の大人が高校生と、顔にチョコを押し付け合うという事件が起きた。恋人同士で食べさせ会うなんて甘い雰囲気はそこには存在しない。ただいかに相手の口にチョコをねじ入れるか、という喧嘩だ。さながらチョコは敵陣に侵略する兵士だろう。
その目撃情報を、甘い香りを顔面から漂わせて帰宅した僕に、だらだらすごすカラーギャングの掲示板は知らせてくれた。ワルツなんて一人で踊る気分ではないな、と項垂れた。