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使いのため山道を行く幸村の目に、老人が山を分け入る姿が見えた。日が落ち始めている刻限に、鍬を担いで上る足は獣道のような場所を進んでいく。不思議に思った幸村は足を止め、馬を下り声をかけた。
「すまぬ、御老人。この先に村があるのでござるか」
 ちらり、と老人は幸村を見てあざけるような目で親切そうな顔をした。
「お武家様。わしの進む先には墓があります。わしは墓立ちをしてきたところです」
「ハカダチ?」
「わしは墓上がりします。この道なりに進むと村がありますので、お武家様はそちらに立ち寄り、休まれるのが良いかと」
「うむ、そうか。すまんな。気をつけて行かれよ」
 にたりと笑い、老人は山に分け入っていく。その背中を見送り、耳慣れない言葉を口内で繰り返してから、彼は振り向いた。
「この先に、村があるらしい。もう日も落ちそうだ。そこで一夜過ごさせていただこう」
 手綱を握りながらの言葉に、皆が頷き馬の歩を進めた。
 はたして村にはすぐに行き合った。ずいぶんと寂しい雰囲気のする村だったが、田畑だけはきれいに整っている。全員が馬を降り、村長に挨拶をしようとそれらしき家を探していると子どもが声をかけてきた。
「お侍さん」
「ん、なんだ。どうした」
 擦り切れ、丈の合っていない着物の子どもは真っ黒で、女児か男児か区別がつかない。じっと見上げてくる目に目をあわせてしゃがみ、幸村は微笑んだ。
「ダメになったやつがいるけど、一人じゃ捨てられないんだ。手伝ってくれないか」
「不要な道具か何かでござろうか――――あいわかった。手伝おう。案内してくれるか」
 こくりと頷いた子どもが背を向けて歩いていくのに、一人だけ共を連れて幸村は子どもについていく。焼け焦げた跡のある小屋に入る子どもに続き中に入った幸村と共の者は、充満している臭いと光景に顔をしかめた。――――――肉の焦げた匂いと、それを発している人の形をした肉の塊を背に、子どもが立ってこちらを見ている。
「このままだと蛆が湧いて困るんだ。運び出して捨てたいけど持てなくて」
「これは――この者は……」
「この間の戦で火矢が飛んできて焼けたんだ。どうしようもないから寝かせていたんだけど、ダメになったから」
「ダメになったとは…………」
「動かないからさ、捨てなくちゃ」
 絶句する幸村の横を、失礼しますと共の者が進み出て遺体を確認する。子どもに顔を向けて言った。
「おまえの兄か何かか」
「従兄弟だよ」
 共の者は頷き、幸村を振り向いた。
「幸村様。これは拙者がいたしますゆえ、どうぞ野営の出来そうな場所を探してきてくださいませ――――すまないが、あの方を、村を仕切っている者のところに連れて行ってくれないか」
 言われた子どもは頷き、幸村の手を取る。
「こっち」
 呆然としたままの彼は、手を引かれるままに足を進めた。
 村を仕切っていたのは、年嵩の女性であった。豊満な体つきをしており、つかれきった色の滲む肌をしながらも幸村に笑みを向けた。
「女、子どもしかおらず、この通りなので気の利いたことなどできませんが、ゆるりと休んでください。あすこに見えるのがもともとの村長の家で、今は空き家になっておりますから、好きに使ってくださいませ」
 そう言って、手を出す。怪訝な顔をする幸村に、女は優しい声音を作った。
「私らも、生きていかなければなりません。おあしが無くっちゃあ、どうしようもない。備蓄してある食糧も沢山あるわけではありませんのでねぇ」
「おお、そうか。それは気付かず、申し訳ござらぬ」
 懐からいくばくかの銭を取り出し差し出された手のひらに乗せると、女はそれを数えてから「シケてるねぇ」と舌打ちをした。
「――――さて、それじゃあ何か適当に見繕って食べ物を持っていきますんで、どうぞ好きにおやすみください」
 さっさと去ねと言うような態で立ち上がり背中を向けた女が、戸惑いの色を隠すこともしない幸村に意地の悪い笑みを浮かべ、言い忘れたと振り向いた。
「夜の相手が欲しいんなら、金額によっちゃあ相手をするって者もいるので、遠慮なく」
「なっ――――」
「それじゃ、あたしは用意をしますんで」
 土間に下りてなにやらはじめた女の背中をしばらく見つめてから、逃げるように幸村はその場を去った。
 雨が降れば盛大に漏ってきそうなくらいの建物は、いったいいつから人が住んでいないのだろうか――――そう思うほどに荒れ果てた“村長の家”だった場所を一夜過ごせる程度に片付けを終えた頃、村の女たちが大きな鍋を持ってきた。
「とりあえず、もらった銭の分くらいは食わせてやんなきゃバチがあたるしね」
 言った女は皆を見渡して目を細める。
「体も満たされたいならウチに来な。銭次第で見繕ってあげるよ」
 鍋を運んできた女たちがそれぞれにシナを作り、流し目をくれて去っていく。それにヘラリと笑う者、厳しい目を向ける者が幸村を見、呆然としている姿に心配そうな顔をした。
「幸村様――――」
「おお、小山田殿…………これは、この村は一体、どういうことなのでござろうか」
 幸村の座している場所からは、村の様子が一望できる。畑ばかりがきれいに整っており、ぽつりぽつりと見える民家は所々が焼けたり破れたりしている。それでも人の生活をしていることを示すように夕餉の支度だろうか、ちらほらと立ち上る湯気と人影が見えた。
「――――先ほどの老人は、姥捨て山に住んでいるようでございます」
「姥捨て山?」
「老人は、自ら墓場となる場所に住み着き、生きて動けるうちは子や孫のために畑に降りてくるのだそうです」
「なぜ、そのようなことを――――」
「遺体を、処理することが難しいからでしょう」
「――――埋葬が出来ぬというのか」
「そのような余裕が、無いのでしょう」
「――――あの子どもが、従兄弟をダメになったと言っていたのは…………」
「死が傍にありすぎて、悼むことを忘れたのか――あるいは」
 ふっと幸村の視線が揺れたのに気付き、小山田は言葉を続ける代わりに微笑んだ。
「皆、自らの命をつなぐことに必死なのです」
「俺には、生きていることを諦めているように思えた」
 言葉とともに落ちた視線は、山の中に吸い込まれる。あの老人の居る――他にも老人が居るであろう、生者と死者が共存している墓場を思って。
「自分の命ばかり永らえることが、つなぐことではございません」
 背後から小山田を呼ぶ声がして、彼は立ち上がり遠い目をする幸村をちらりと眺めて去った。一人座する幸村の目は、山を越えてその先にあるものを映し出す。それを共に見据えることの出来る者は、それを察することの出来る者は、今、この場には居ない――――――傍にあるのはただ、表現できない“何か”のみ。
作品名: 作家名:遼 計都