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【サンプル】掌に月を並べる【腐・普独】

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(前略)


フライパンを置く。コンロに火を付け、バターを薄く広げる。薄力粉と卵、牛乳、砂糖とバニラエッセンスを少量混ぜた生地を、濡れ布巾で一度冷ましたフライパンの上に一気に流し込む。
水分が蒸発する軽やかな音と仄かに甘い香りが徐々に立ち上って来て、食欲を刺激する。
「おお、美味そうな匂い」
「もうすぐ出来るから、大人しくしていてくれよ」
「へいへい、わかってますよ」
ぷつぷつと気泡が見えてきたら裏返し、蓋をして二分、いや一分半と余熱で丁度か。 同じ作業工程をもう一度繰り返して、完成品を皿に盛り小さく切ったバターを乗せて、琥珀色の瓶と一緒にダイニングテーブルに運ぶ。いつもと全く変わらない手順。
カウンター越しに、キッチンの奥で動き回る姿をこっそり眺めるのがプロイセンの日課だった。
「出来たぞ」
「待ってました!」
 プロイセンは既に握り締めていたナイフとフォークを構え、置かれた皿に前のめりに覆い被さった。
 ふと、気付いて手を止める。
「どうした?」
「いや、お前のがまだだなと思って」
「ああ、これから焼くからな」
「何だよ、それなら俺も待つぜ」
 一度手にした食器をテーブルの上に戻し、腕を組んで椅子の背に凭れる。
するとドイツは「いや」と困惑したような慌てたような声で言った。
「兄さんは、先に食べていてくれ」
「あ?いいじゃねぇか一緒に食べても」
「別に、嫌だとは言っていないが」
「なら何でだよ」
「冷めてしまうだろう」
「あー……うん、そうか、そうね、はいはい」
「何だ」
「別に?」


(中略)


電話を切った後、ドイツは思わず手で顔を覆った。
何故、これから寝る準備をする所だとわかったのだろう。いや、偶々夜だったからかもしれないが、下手をすると最初から知られていた可能性も否定は出来ない。それがプロイセンと言う男だった。
(相変わらず、読めない人だな……)
 読めないと言うか、読まれる。
 自分にだってわからないというのに。
 今日の日程を全て終えてホテルの自室に戻った時間は、何か作業をするにはもう遅いがベッドに入って寝てしまうには些か早かった。
 もう仕事の電話も入って来ないだろうと放り投げた携帯電話に目が行ったのは、本当に偶然だったのだ。それまでは、考えてもいなかった。不意に、本当に思いつきで、電話帳を呼び出してみただけだった。
発信ボタンを押してしまってから、何を話せばいいのかわからないことに気付いた。咄嗟に取り繕っては見たが、どうも全て見透かされている気がしてならない。
「はあ……あー……」
 盛大に溜息をついて、ベッドの上に仰向けに寝転がる。
 徐に携帯電話の画面を眺める。通話終了を知らせる文字と、通話時間が表示されたままだった。思っていたよりも長い。
そんなにたくさん、何を話したのだったか、と思い出そうとする。自分が相手に何と言ったのかも、何を言われたのかも、たった数分前のことなのに大まかな内容以外殆ど記憶していなかった。
電源ボタンを押して待ち受け画面に戻し、傍らに無造作に放る。
 用意された部屋は、一人で過ごすには多少広かった。二泊、ほぼ寝る為だけの部屋だったのでもっと狭くてもいいと申し出たが、少しでも快適に過ごせるようにとの配慮、要するに、そういった待遇故の措置であった。
自宅の部屋より断然広いため、落ち着くかと言われると決してそうではないのだが、どうも身内、特に国内の親類達は、無駄に自分を甘やかしたいらしい。どこへ行っても、必要以上の高待遇だった。
夜景が綺麗だぞ、とバイエルンは言っていた。確かに、窓からの景色は美しかった。しかし今は、起き上がって見に行く気にはなれなかった。


(中略)


「そうか」
 プロイセンは頷いて、ドイツの頬に掌を置いた。その大きく冷たい手に、体温が吸い取られるような気がした。それでもまだ、頬は熱かった。
「聞き飽きたかもしんねぇけど」
 何回でも言うからな、と前置きをしてから、プロイセンは続けた。
「あんま頑張り過ぎんなよ」
 ドイツは、こちらを見詰める兄をまじまじと見詰め返した。照明の光を反射して光る赤紫色の瞳が綺麗だった。


(後略)