同じ月を見てた
伝わればいい、と。そう思った。
いつも通りの、学校からの帰り道。通りにある店の前に、見覚えのある姿。
辺りは暗くなってきていたけれど、そのショーウィンドウの灯りでアイツの顔は良く見えて。
間違うわけがなかったから、声をかけようかと思ったのだけれど。
覗きこんでいた、その視線の先にあったものが。とても男が使うようなものではない事に気付いて。
声なんか、かけられるわけがなかった。
教室の机に、頬をぺたりと付けて。昨日の事を繰り返し思い出して。
もちろん、授業なんて耳にはいるわけがない。
あの、視線の先にあったのは。女の子が好きそうな小物。
彼女がいるなんて、聞いた事はないけれど、12月のこの時期にそんなものを見ている理由はクリスマスのプレゼントくらいしか思い付かなくて。
あぁ、もう分かんないってばよ…!
アイツに彼女が出来たというのなら、学校で話題にならないはずがない。
それなのに、そんな話は誰からも聞かなくて。好きな子がいる、という話すらないのに。
誰だか分からない相手に。気分は落ち込むばかりで、自分らしくはないと思うのだけれど。
だって。
多分、友情ではない意味で。好きなのだと分かっているから。
「ナルト」
「……サスケ?」
机から顔を上げれば、そこにずっと考えていた相手の姿。
「プリント出せ。持って行けないだろうが」
そう言えば、そんなものもあった気がする。
皺の入ったそれを差し出せば、手の束に重ねて。もう用はないとばかりに背を向けられる。
その背を見送りかけて。
分からないなら聞いてしまえと、追いかけた。
「サスケ!」
「叫ぶなうるさい」
肩越しにちらりと寄越された視線。足は止めずに。
だから結局、走るはめになって。
肩を並べたところで少しだけ落ち着いて。
「なぁ、昨日何見てたんだってばよ?」
「何の話だ」
「角の信号の…雑貨屋?」
ぴたりと止まる足。
「…サスケ?」
「見たのかオマエ」
「だから聞いてんだって」
そう言った途端に、歩き出す。早足で。
「ちょ、答え!」
「……」
止まらない足と返らない言葉。
そうしているうちに職員室まで来ていて。一人扉の前に残される。
絶っ対答えさせてやるってばよ…!
そこから出てきた時も知らないふりをしようとするから。
「答えるまで聞くからな!」
「……るせぇよ」
無言で遠くなる背中。
それの意味するものが分からないわけではないけれど。
あんな反応をされて。
知らないままでいるなんて出来ない。
それから。毎日答えさせようとしたのだけれど。
ちょっとした隙に逃げられてしまって。
何なんだってばよ!
余計に知りたくなるというのに。
暗くなり始めた通学路を。するりと塞いだ影が一つ。
「……サスケ?」
「付き合え」
それだけ言って背を向けられる。歩き出したその背を追って。
「どこ行くんだよ」
無言のまま、歩き続ける。真っ直ぐに伸びた背を見つめながら、後ろを歩いて。
そうして辿り着いたのは大通りから、一つ筋を曲がったところにある花屋で。
思わず入口で立ち止まってしまったのだけれど。サスケは構わずに中に入ってしまった。
「何、入口で突っ立ってんだよ」
そう、一言だけ残して。
迷いもなく、一番近くに居た店員に声を二言三言声をかける。
「なぁ、サスケなんなんだってばよ……」
「いいから黙ってそこにいろよ」
何が何だか分からないまま。
ただ、いろと。そう言われたから。
そうしている間に、店員が持ってきたのは小さめの花束。綺麗な色でまとめられた。
サスケが支払いを済ませて、行くぞ、と言われるままに店を出る。
「なぁ、それ」
「……世話になってる人、の誕生日なんだよ」
ポツリと、それだけは答えが返って。
あぁ、何だ彼女じゃないのかなんて安心している自分がいる事は分かっている。分かっているけれ ど。
「じゃあ、何でオレ付き合わされたんだってばよ」
その理由は分からなくて。
「……男一人で花屋に入るよりマシだと思っただけだ」
「それ単なる巻き添えってやつじゃ」
「気付かないオマエが悪い」
そう言って人の悪い顔で笑う。少しだけ楽しそうに。
その顔は、嫌いではないけれど。
「ムカつくってばよ……」
笑うサスケの隣を歩く。
巻き添え、でもそれが自分だったという事が嬉しくないわけはない、のだけれど。それとこれとは 別で。
「あとは……そうだな」
「まだ何かあんのか……」
横も見れば。空を見上げる、サスケの顔。
「月が綺麗、だったからな」
視線の先に、丸くて明るい月。それを見上げるサスケの顔が、綺麗だと思ってしまったから。
それ以上、何も言えなくなってしまって。
ただ。いつかこの気持ちを伝えられたらいいと。そう、思っていた。