ルームメイト
ばたばたと足音が続き、何かが壁にぶつかる音が聞こえてくる。
それが僕の集中力を乱す。
無視すればいいのに、それも出来ず、いつもはすんなり繋がるコマンド列もエラーばかり起こす。
カチカチとマウスを弄りながら、無表情に液晶を睨み付ける。
『ヴァーニャ…また振られちゃったよぅ…』
何の前触れもなく自室のドアが開いた。
「ヴァーニャ!俺のワイン色のシャツ知らない?!」
「見てないけど」
液晶から目を外さないまま答えた。
「ヴェー…!あのシャツがないと今日のルックス決まらないのにぃ…!」
「洗濯物の中は捜したの?」
「うん、真っ先に捜したんだけどみつからないんだぁ」
そうは言ったものの自信がなくなったのか、ドアを閉めないまま彼はとたとたともう一度脱衣所へ向かっていった。
彼は走り回る。
僕はエラーばかりのファイルを見つめる。
待ち合わせは7時半と聞いた。
今度の相手は年上の女の人だということも。
彼は失恋をする度にすぐにまた恋をする。
べそべそ泣いていた顔は、またあっさり笑顔に変わる。
そして僕はこの循環を見守る。
しばらくすると今度は部屋から声が聞こえて来た。
時刻は6時53分。
情けない声で謝りながら、急いで身支度をしているようだ。
おしゃれに余念のない彼は、携帯の向こう側に居る相手のために自分のセンスをフルに使いながら新しい服を選んでいる。
ドアの開閉と、慌てた足音と。
正面玄関の扉が閉じると、今度は静けさのみが残った。
それを感じながら僕は深呼吸した。
彼は、女の人に対してとても優しい。
誠意もある。
ただ、女を見る目がないだけだ。
『俺、ヴァーニャを好きになればよかったのになぁ…』
振られる度にワインに酔い、散々泣いては僕にしがみ付く。
お酒臭い息と、熱い身体と、腫れぼったい目で甘えて僕に擦り寄る。
そして、一週間もしないうちに頬を高潮させ、新しい出会いを語る。
彼の好みである細く華奢な女性について、幸せそうに。
僕はそれを聞き流す。彼は唇を尖らせる。
鈍い彼は、ずっと気づかない。
彼が彼女たちのことを話すとき、僕が笑みを見せないわけを。
彼が僕にとって、そういう対象に成りえる事を。
そして僕は只管待ち続ける。
今日も僕の腕の中から飛び立っていった鳥が、再び戻ってくることを。