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死なない理由

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ルーティンワークになりつつある任務に、油断がなかったかというと絶対違うとは言い切れない。
 旧市街で恒例となっているチンピラ同士の小競り合いには、通報する市民も飽き飽きしているようで「毎度済まないね」などとこちらが労われる始末。これもいつも通り特務支援課の代表として、睨み合うサーベルヴァイパーとテスタメンツの間に割って入ったロイドの視界に飛び込んだのは、予想外の青い残影。その手には彼らの武器であるパチンコではなく、銀色の煌めきが握られている。だが彼にとっては難なく躱すことが出来る距離、のはずだった。
「ロイドッ!」
 彼と最も近い距離にいたエリィが真っ先に悲鳴を上げ、崩れ落ちた体を支える。凍り付いた空気の中、血に濡れた得物を尚も振り上げようとするテスタメンツの一員、青いフードの下から垣間見えた表情は少年の面影を色濃く残している。振り下ろされた二撃目を止めたのはランディ。スタンハルバードで受け止めた一撃は、ただのナイフとは思えない重く耳をつんざく残響を呼んだ。その場にいる誰もが見覚えのある、自身の髪の色に酷似した深紅のオーラを纏い反撃に打って出ようとした彼を止めたのは、意外な声だった。
「ランディ、駄目だ」
 怪我人に全くそぐわない落ち着いた声音。幽霊でも見た顔でランディが振り返る。
「一般市民に怪我させちゃ、いけない」
 ぶつかったのは厳しい眼差し。奥歯を噛み武器を収めた彼を見届けて、ロイドは意識を失った。

 逮捕された少年の体からは、グノーシスが検出された。

「いつも邪魔する連中を消せば、僕に褒められると思ったらしい」
 いつになく殊勝な表情で病室を訪れたワジは、眠り続けるロイドを一瞥すると、すまない、僕の目が行き届いていなかったと口火を切った。ロイドの側についていたランディが、いや、と首を振る。
「あれがまだ出回ってる可能性を失念していたこっちの責任でもある。気にするな」
 親玉を潰したからと言って全ての流通経路が解明したわけではない。グノーシスが未だ市井に出回っている可能性は大いに考えられたことだ。それを念頭に置いて行動すれば、今回のような失態は起こりえなかった。今後は薬物に関しては監視の目を徹底する、薬が件の少年の手に渡った経路がこちらでわかればすぐ連絡するとの言葉を置き土産に、テスタメンツのリーダーは退去した。
 部屋のドアが閉まるのを見届けて、ランディは再び眠る彼へと視線を戻す。
 後悔は尽きない。
 命に別状はなかったことも、運が良かっただけだ。
 募る愛しさは、いつしか失うことを病的に恐れるまでに成長を遂げていた。それすらも後悔せねばならないのかもしれない。大切なものが増える度に人は弱くなる。暇潰しに持ち込んだ酒瓶を煽った。喉を灼くほどにアルコール度数の強い液体が臓腑をも焦がす。一息に飲み干そうとした喉の動きがふと止まった。瓶をサイドテーブルに戻し、怪我人の上に屈み込む。
 傷口から出した熱が下がりきっていないロイドの唇は熱かった。抵抗しない歯列を舌で割り、ほんの少量、液体を注ぎ込む。無意識にそれを嚥下した彼が微かに呻いた。
「……んっ……」
 眉根が一度きつく寄り、うっすらと目が開く。
「なんだ、これ……」
 怪訝な顔で掠れた第一声。
「気付」
 胸の内を全て隠し、ランディは口角を上げた。
「……すまなかった。油断してた」
 天井を見上げた怪我人が真っ先に口にしたのは反省の弁。
「まあ、それは俺らにも言えるからな。痛むか?」
「少し、エリィたちは?」
「支援課。キーアが結構ショックでかくてな。そっちを見てる」
「そうか……悪いことしたな」
「あとでエニグマででも元気な声聞かせてやれ。今のお前さんより真っ青な顔して寝込んでるからな」
「ランディも」
「ん?」
「顔色良くない」
 一瞬虚を突かれたようになった赤髪の青年は、次の瞬間には破顔していた。
「……昔は同じ釜の飯食った仲間が翌日冷たくなってるなんてこと日常茶飯事でさ。そんときはなんてことなかったんだけど、年食うってのは嫌なもんだ」
「それは違うんじゃないか」
「何が」
「そんな環境でいちいち悲しんでいたら、心が壊れてしまうだろ。自分を守るために当時のランディは敢えて何も感じないように壁を作ってたんじゃないか。壁が今、必要なくなってるのだとしたら、俺は望ましい変化だと思うよ」
「でもお前が死んだら、やっぱり俺は壊れると思うんだが」
 軽い調子で口に出した本音を、ロイドが笑うことはなかった。
「それが今のロイド・バニングスが死なない理由だって言ったら?」
 瞠目し、一つ瞬きした後ランディはベッドの端に突っ伏した。
「……出たぜロイド節……」
「いや、真面目に喋ってるんだけど……ってて」
 身を起こそうとしたロイドが顔を顰める。病室には強い西日が差し始めていた。
「だから、ランディは安心して俺のこと心配してたらいいと思う」
 たまにとんでもなく俺様なことを言い出す特務支援課のリーダーは、明るい逆光の中、未だベッドに頭を預けている恋人へと手を差し伸べた。
作品名:死なない理由 作家名:べに