「名前をつけてやる」・2
「おぉい、フェリ。そろそろ店仕舞いしようぜ・・・・って、またか」
フランシスは何回目か判らない溜め息をついた。
知人の子供を預かって、従業員として働かせている。まぬけだが愛想がよく、看板、息子だか娘だか、とにかく人気者だ。
人気者ゆえに仕方のないことだが、よくよく客に捕まる。気立てもよく優しいフェリシアのことなので、
客を追い払うこともできず大人しく話を聞いているだけなのだ。
今回は、ちょっと悪質だ。フェリシアが困ったような顔をしているのもお構いなしに、
腕を掴んで、ペラペラとナンパを続けている。
銀髪に赤目。かなり珍しい色をしている、人間のアルビノ。
「お客さん、困りますね。ウチのフェリシアはお触り厳禁なもんで。」
まるでキャバクラ嬢に対する言葉のようだが、実際フェリシアはよくよくお尻やら腰やらを触られる。
男なのにな。
フランシスはそれを見るたびにそれを思うが、大抵の客はそんなことに気づきはしないのだ。
「え?ははっ、店長さんには敵わねぇなぁ!じゃあなフェリシアーノちゃん、また来るぜ!」
「あ、おい金!!ん?多いぜ、いいのか?」
「うん。チップだって。」
「は~お前はよく稼ぐねぇまぁ・・・・おっ、100ユーロ!?すげぇ気前いいな今のやつ。よっしゃ、もっと踏んだくれ」
「あははっ兄ちゃんったら悪いんだから~。今の人さ、すっごくかっこいいんだけどさ、ちょっとアホで面白かったよ。」
「アホとあんなに長いこと喋ってんじゃねぇよ。お前も大概アホだけどな・・・・」
そんな風にぼやきながら、外のテラスに並ぶイスを片付けていく。なかなかに人気の店だと、自分で思う。
営業は何だかんだで、深夜まで及んでしまう。
「じゃあ兄ちゃんまた明日ね!おやすみなさい!」
「おう、遅刻すんなよ~。」
元気に手を振って、フェリシアが自室がある2階に上がっていく。
可愛い、弟のような妹のような。男なのに女装趣味があるのは、いかがなものか。
しかしそんなことを考えさせないほど、フェリシアは従順で可愛かった。
フェリシアが来たのは、突然だった。
小さい、可愛い、女の子。
まだカフェを経営し始めたばかりの自分には、あまりに重い、扶養家族。
にっこりと笑えば天使のようで、その顔を見るたびに癒されて、苛立たしさを感じて、
それでもフェリシアは大人しく自分についてきたし、今では店の看板娘だ。
寒い夜だった。
高校時代の友人から、女の子を預かってほしい、という訳の判らない依頼の電話だった。
その友人はとても穏やかな人柄であるにも関わらず、そのショバを占めるマフィア、
友人が言うには『ヤクザ』、の親分を勤めていて、
高校を出てしまってからは、おおよそ違う世界に暮らしていたのだ。
友人が連れてきた女の子は、可愛らしく天使のようであったが、
その後ろには背の高い強面の白人と、ガタイのデカい黒人、
銘柄は違うものの煙草をふかし、お近づきにはできるだけなりたくない風貌だった。
「フェリちゃん、この人が新しいお兄ちゃんやで~。めっちゃ優しくてな、料理もうまいしな、めっちゃええで。
これで寂しくあらへんやろ?」
「うん!」
今思えば、とてつもなく寂しかったのだろう。
なかなか友人の傍を離れようとしなかった。
少し背中を押され、傍らに擦り寄る。
握った手はすっかり冷たくて、哀れに思えた。
しかし驚いてるのは事実で、戸惑いを隠せない。
反論する隙すら与えられず、強面の子分に睨み付けられて、
フランシスがどうすればいいか。困り果てていた。
「てめーら俺を置いていくんじゃねーバカトーニョ!!ファンデルサールも、ロドリゲスもだ!!」
突然、耳をつんざく、甲高い子供の叫び声。怒っているような声。
「待って、待ってぇなロヴィ!!はぁっ、親分ごめん!!寝かしつけられへんかった!!」
友人の足元に、女の子と同じ年頃の子供と、それを追いかけてきたであろう若い女。
女は息を切らし、直立する偉そうな子供にすがりつこうとして、払い除けられていた。
「・・・・・チッ、チビが。寝とけ言うたやろ」
背の高い白人が、吸っていた煙草をプッと吐き落とす。
苦虫を潰したような顔をして、足元の子供を睨んだ。
「うるせぇ!!」
「坊っちゃんあきません言うたでしょう!?いつ、坊っちゃんの命取りにくるか判らへんねんで!!」
「やかましい!!ロドリゲス、起こせって言っただろ!!」
「坊っちゃ・・・・」
黒人の方は、妙に優しく子供に話しかけていた。しかし、思っていることは白人の方と同じ。
何故ついてきたのか。
ここは子供には見せられない場面なのだろうか。
「フェリシアーノ!!」
直立不動でこちらを睨み付けていた子供が、大きな声で叫ぶ。
近所迷惑になるなぁ、などとどうでもいいことを考えながら、フランシスはその子供をよくよく見つめた。
傍に寄ってきていた小さな女の子が、体をビクリと震わせる。
年頃に似合わない、深く刻まれた眉間の皺。
気が強そうに見えるもののどこかに悲壮感を漂わせていて、ワケアリなことを伺わせた。
「お兄さんの言うことよく聞くんだぞ!!泣くなよ!!いいか!!」
「に、にいちゃ・・・・」
「泣くなっつってんだろ!!もういい!!行くぞトーニョ!!」
素早く踵を返し、暗闇の中に消えていこうとする。
へたりこんだ若い女に小さく、エッダ、立て、と声をかけ、女の手を引いて歩いていく。
「・・・・ごめんなぁ。あんまり説明でけへんねん。
ほな、フェリちゃんよろしくな。
フェリちゃん、ロヴィの言うこと守ってな。たまに会いに来るで。」
さっさと歩いて行ってしまう子供を、黒人の方が慌てて追いかけていく。
そっと女の子の頭を撫でて、友人は立ち上がった。
軽く手を振って、去っていく旧友の後ろ姿と、
握りしめた小さな手。
一体この兄弟に何があったのだろう。
おそらく知り得ることのない事実に、頭がくらくらした。
きっとこれが、旧友の暮らす世界。
その世界に巻き込まれてしまった哀れな子供たち。
フランシスは、手を握ったまま動かない女の子を抱き締めて、住居兼カフェに招き入れた。
「俺はフランシス。このお店をやってるんだ。
これからよろしくな、フェリシアーノちゃん。」
「は、はい!!」
「あの小さい男の子は、君のお兄ちゃんか?強そうだなぁ、
・・・・寂しいだろ。」
俯く女の子を見ているのは、とても辛い気分にさせられた。
どうやって、彼女を支えていこう。そもそも自分に、そんなことが出来るのだろうか?
「・・・・・・大丈夫。ぼく、寂しいって言うのやめるって、昨日兄ちゃんと約束したんだ。
だから、大丈夫なの。
あと、僕、男です。こんな格好してるのはね、女の子なら見逃してもらえるかもしれない、って思ったからなの。」
どうなんだろう。大体、マフィア映画であれば、女は命こそ取られないものの、大体売り飛ばされたり、
情婦にさせられたりして、助かったところを見たことがないように思う。
「映画と現実じゃあ違うだろうしなぁ・・・・・って、男!?」
フランシスは驚いて、思わずまじまじと見つめてしまった。
淡いキャラメル色の瞳と髪を持つ可愛らしいこの少女が、男であると。
誰が解るものだろうか。
フランシスは何回目か判らない溜め息をついた。
知人の子供を預かって、従業員として働かせている。まぬけだが愛想がよく、看板、息子だか娘だか、とにかく人気者だ。
人気者ゆえに仕方のないことだが、よくよく客に捕まる。気立てもよく優しいフェリシアのことなので、
客を追い払うこともできず大人しく話を聞いているだけなのだ。
今回は、ちょっと悪質だ。フェリシアが困ったような顔をしているのもお構いなしに、
腕を掴んで、ペラペラとナンパを続けている。
銀髪に赤目。かなり珍しい色をしている、人間のアルビノ。
「お客さん、困りますね。ウチのフェリシアはお触り厳禁なもんで。」
まるでキャバクラ嬢に対する言葉のようだが、実際フェリシアはよくよくお尻やら腰やらを触られる。
男なのにな。
フランシスはそれを見るたびにそれを思うが、大抵の客はそんなことに気づきはしないのだ。
「え?ははっ、店長さんには敵わねぇなぁ!じゃあなフェリシアーノちゃん、また来るぜ!」
「あ、おい金!!ん?多いぜ、いいのか?」
「うん。チップだって。」
「は~お前はよく稼ぐねぇまぁ・・・・おっ、100ユーロ!?すげぇ気前いいな今のやつ。よっしゃ、もっと踏んだくれ」
「あははっ兄ちゃんったら悪いんだから~。今の人さ、すっごくかっこいいんだけどさ、ちょっとアホで面白かったよ。」
「アホとあんなに長いこと喋ってんじゃねぇよ。お前も大概アホだけどな・・・・」
そんな風にぼやきながら、外のテラスに並ぶイスを片付けていく。なかなかに人気の店だと、自分で思う。
営業は何だかんだで、深夜まで及んでしまう。
「じゃあ兄ちゃんまた明日ね!おやすみなさい!」
「おう、遅刻すんなよ~。」
元気に手を振って、フェリシアが自室がある2階に上がっていく。
可愛い、弟のような妹のような。男なのに女装趣味があるのは、いかがなものか。
しかしそんなことを考えさせないほど、フェリシアは従順で可愛かった。
フェリシアが来たのは、突然だった。
小さい、可愛い、女の子。
まだカフェを経営し始めたばかりの自分には、あまりに重い、扶養家族。
にっこりと笑えば天使のようで、その顔を見るたびに癒されて、苛立たしさを感じて、
それでもフェリシアは大人しく自分についてきたし、今では店の看板娘だ。
寒い夜だった。
高校時代の友人から、女の子を預かってほしい、という訳の判らない依頼の電話だった。
その友人はとても穏やかな人柄であるにも関わらず、そのショバを占めるマフィア、
友人が言うには『ヤクザ』、の親分を勤めていて、
高校を出てしまってからは、おおよそ違う世界に暮らしていたのだ。
友人が連れてきた女の子は、可愛らしく天使のようであったが、
その後ろには背の高い強面の白人と、ガタイのデカい黒人、
銘柄は違うものの煙草をふかし、お近づきにはできるだけなりたくない風貌だった。
「フェリちゃん、この人が新しいお兄ちゃんやで~。めっちゃ優しくてな、料理もうまいしな、めっちゃええで。
これで寂しくあらへんやろ?」
「うん!」
今思えば、とてつもなく寂しかったのだろう。
なかなか友人の傍を離れようとしなかった。
少し背中を押され、傍らに擦り寄る。
握った手はすっかり冷たくて、哀れに思えた。
しかし驚いてるのは事実で、戸惑いを隠せない。
反論する隙すら与えられず、強面の子分に睨み付けられて、
フランシスがどうすればいいか。困り果てていた。
「てめーら俺を置いていくんじゃねーバカトーニョ!!ファンデルサールも、ロドリゲスもだ!!」
突然、耳をつんざく、甲高い子供の叫び声。怒っているような声。
「待って、待ってぇなロヴィ!!はぁっ、親分ごめん!!寝かしつけられへんかった!!」
友人の足元に、女の子と同じ年頃の子供と、それを追いかけてきたであろう若い女。
女は息を切らし、直立する偉そうな子供にすがりつこうとして、払い除けられていた。
「・・・・・チッ、チビが。寝とけ言うたやろ」
背の高い白人が、吸っていた煙草をプッと吐き落とす。
苦虫を潰したような顔をして、足元の子供を睨んだ。
「うるせぇ!!」
「坊っちゃんあきません言うたでしょう!?いつ、坊っちゃんの命取りにくるか判らへんねんで!!」
「やかましい!!ロドリゲス、起こせって言っただろ!!」
「坊っちゃ・・・・」
黒人の方は、妙に優しく子供に話しかけていた。しかし、思っていることは白人の方と同じ。
何故ついてきたのか。
ここは子供には見せられない場面なのだろうか。
「フェリシアーノ!!」
直立不動でこちらを睨み付けていた子供が、大きな声で叫ぶ。
近所迷惑になるなぁ、などとどうでもいいことを考えながら、フランシスはその子供をよくよく見つめた。
傍に寄ってきていた小さな女の子が、体をビクリと震わせる。
年頃に似合わない、深く刻まれた眉間の皺。
気が強そうに見えるもののどこかに悲壮感を漂わせていて、ワケアリなことを伺わせた。
「お兄さんの言うことよく聞くんだぞ!!泣くなよ!!いいか!!」
「に、にいちゃ・・・・」
「泣くなっつってんだろ!!もういい!!行くぞトーニョ!!」
素早く踵を返し、暗闇の中に消えていこうとする。
へたりこんだ若い女に小さく、エッダ、立て、と声をかけ、女の手を引いて歩いていく。
「・・・・ごめんなぁ。あんまり説明でけへんねん。
ほな、フェリちゃんよろしくな。
フェリちゃん、ロヴィの言うこと守ってな。たまに会いに来るで。」
さっさと歩いて行ってしまう子供を、黒人の方が慌てて追いかけていく。
そっと女の子の頭を撫でて、友人は立ち上がった。
軽く手を振って、去っていく旧友の後ろ姿と、
握りしめた小さな手。
一体この兄弟に何があったのだろう。
おそらく知り得ることのない事実に、頭がくらくらした。
きっとこれが、旧友の暮らす世界。
その世界に巻き込まれてしまった哀れな子供たち。
フランシスは、手を握ったまま動かない女の子を抱き締めて、住居兼カフェに招き入れた。
「俺はフランシス。このお店をやってるんだ。
これからよろしくな、フェリシアーノちゃん。」
「は、はい!!」
「あの小さい男の子は、君のお兄ちゃんか?強そうだなぁ、
・・・・寂しいだろ。」
俯く女の子を見ているのは、とても辛い気分にさせられた。
どうやって、彼女を支えていこう。そもそも自分に、そんなことが出来るのだろうか?
「・・・・・・大丈夫。ぼく、寂しいって言うのやめるって、昨日兄ちゃんと約束したんだ。
だから、大丈夫なの。
あと、僕、男です。こんな格好してるのはね、女の子なら見逃してもらえるかもしれない、って思ったからなの。」
どうなんだろう。大体、マフィア映画であれば、女は命こそ取られないものの、大体売り飛ばされたり、
情婦にさせられたりして、助かったところを見たことがないように思う。
「映画と現実じゃあ違うだろうしなぁ・・・・・って、男!?」
フランシスは驚いて、思わずまじまじと見つめてしまった。
淡いキャラメル色の瞳と髪を持つ可愛らしいこの少女が、男であると。
誰が解るものだろうか。
作品名:「名前をつけてやる」・2 作家名:もかこ@久々更新