二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

彼が夢見たものすべて

INDEX|1ページ/1ページ|

 
同じ大阪に陣を敷きながら、伊達は真田の最後を見ることはなかった。聞けば、徳川の本陣にまで切り込むも敗走、松の根本に崩れ落ちているところを足軽によってとどめを刺されたのだという。伊達は首級も見なかった。徳川の陣まで迫っておきながら、なぜ己の陣にその槍先を向けなかったのか。なぜ足軽風情にその首をとらせたのか。そういう怒りとも悲しみともつかぬものが甲冑の下の胸に去来して、伊達をしばらくたまらなくさせた。
 そうして、天下が徳川の手によって平らかになって数十年、伊達もまた床の上で息を引き取った。晩年はいくさごとにほとんど縁のない生活を送ったが、そのせいもあろう、伊達はそう過ごしている間、真田のことなど一度たりとも思い出さなかった。いくさのなかにしか生きられぬ哀れな男のことなど知るものか。そう思って生き抜いた。
 そういうことを、コンビニからの帰り、リビングのドアを開けて伊達は思い返している。てのひらからビニル袋はすり抜けて、酒の缶がフローリングに重たい音をたてた。蛍光灯の灯り眩しい部屋の真ん中に、赤い男が立っている。臙脂の小袖姿の男は伊達に目の焦点を合わせると、ひゅっと息を飲んでまさむねどのと呟いた。その声はつけっぱなしにしていたテレビの音に紛れてしまうぐらいに小さなものだったが、そのくちびるの形は明らかであった。……あ、あんた、なにもんだ。伊達はこそりと唾を飲み込み、ぐるぐると頭を回転させて一番穏便な言葉を舌に乗せた。間違っても男の名前を言ってはならぬと腹の底のものがにらみを利かせている。ぐっと顎を引いて、目の前の赤い男を睨みつけた。足裏で床を擦り、ドア横に立てかけてある木製バットを掴みとる。すると男は両手を上げて、怪しいものではござらぬと伊達に言って寄越した。そうして、顔をくしゃりと歪めて顎を擦る。その、……この箪笥がですな。挙げた右手でクローゼットを指さした。伊達が家を空けたときには確かに閉まっていたクローゼットの扉は呼吸をするようにゆっくりと揺れている。
 男は真田幸村と名乗り、**++年からきまいたと言った。真田の居城には昔から不思議な穴があり、その穴をくぐると先の世に行くことができるという。そういう不可思議な話を祖父から幼い頃に聞かされた真田は時間あればその穴を探し、実際十にもみたぬ頃に一度穴をくぐったことがあるのだという。そのときは、どうでござったかな、確か昭和という世でござった。言って、真田はベッドに腰掛けた伊達を見上げるようにする。床に座し、膝に押しつけた拳がぎゅっと握りしめられた。しかしその穴は某の世に戻ってみると跡形もなくなくなっておりましてな、その、城の垣根の小さな穴でござったが、戻ってみると綺麗にふさがっておりまいた、そうして……。十年経って、真田はまたそれらしき穴を見つけたのだという。今度は倉に開いた小さな穴だったらしい。恥ずかしながら倉の整理をしておりましてな、そのときに、足をつまづかせてその穴に頭からつっこんでしまいまして、そうしてそのまま……。
 にわかには信じられぬという顔を伊達はした。そういう顔をすべき状況である。だがその穴のことはおぼろげながら知っている。昔、あの時代に真田が語っていた穴のことだと伊達は思う。あのときはばかばかしい話よ、狐狸のたぐいにでも化かされたのだろうと鼻で笑ったが、どうやら本当の話であるらしかった。だがよりによって、なぜそれが伊達の部屋に繋がっている。
 そなたは信じてはくださらぬかもしれませぬが、……某はなにか奇妙な縁を感じまする、そなたは、その、某の知己にそっくりのご容貌をしておられる。いやなふうに喉が鳴るのを我慢しながら伊達は首をひねった。それは誰だという顔をしてみせる。真田は、先の世のかたには、おいそれと名を明かせぬ方でござると言いおいて、伏せていた目を伊達に向けた。まじまじと伊達の顔を見つめて、ほうとため息をつく。なにか言いたげなくちびるはわずか震えて、しかしなにも紡ぐことなく閉じられた。肩がゆっくりと上下する。できれば御名をお聞かせ願えないでござろうか。
 今度は、ぶるりと伊達の背筋が震えた。……今の話、全部信用しろってか。ようよう舌にのせた声はたっぷり震えて、我ながら無様であると思う。真田は目をまん丸に見開いて、両手を胸の前で振った。信じられぬとあらば、別に……、しかしその、某はけして不審なものにはござりませぬ。くっと伊達は喉で笑った。その格好と口振り、話す内容、どれもが不審なものばかりだ。これで信用しろと言うほうがおかしい。だが、真実なのであろう。真田は伊達の記憶そのままの顔かたちで今ここに座している。大袈裟なジェスチュアのたびに長い尻尾髪が揺れるところまで記憶そのままだ。畜生め、と伊達は小さく毒づいた。……伊達**。座っていたベッドから立ち上がりしな、そう名を寄越した。弟の名前である。政宗という名を不用意に出すのははばかられた。

作品名:彼が夢見たものすべて 作家名:いしかわ