何度確かめてもこれは最低な恋なのです
(ああ、そうか)
僕は彼のことが好きなのだと、気付いた。
だって君もそうなんでしょう、と益々口角を吊り上げる彼を前にして、馬鹿みたいです、と僕は繰り返した。
繰り返したというよりはそうするより他に言葉をもたないから仕方なくそうしたのであって、けして、決して彼を喜ばせようとかそんなことではない。
だのに彼ときたら、またまたぁ、とか何とか態とらしい芝居がかった口調で一歩こちらに近づいてきた。
じゃりり、と踏みしめられる彼の足元の砂は僕の未来であるとか、そんな意味の分からないことを考えてみた。
「みかどくん」
何なんだ、何でそんな声で僕を呼ぶんだ。
「みかどくん、」
何でそんな甘い声で、甘えるみたいに、甘やかすみたいに、
「みかどくん?」
そんな腕の中の恋人にでも囁くみたいな声で名前を呼ばないでほしい。
だいたいここは路地裏とはいえ外である訳であって、いくら僕のボロアパートの近くだからといって彼の天敵である、いやむしろ今この瞬間は僕にとっての神様になりうる、泣く子も黙る池袋の自動喧嘩人形こと平和島静雄さんと遭遇しない確立がゼロって訳でもなくて、そうつまり何が言いたいかというと、僕に全神経を向けているかのようなその態度は不味いのではないだろうか。
いやいやいやいや違う違う。
その前に僕は彼の恋人ではない。断じてない。
彼は彼であるのでもちろん男であって、僕も僕であるのでもちろん男であるのだ。
同性同士の恋愛に偏見を持っているつもりはないけれど、それは自分が巻き込まれなければの話であって、いくら相手が眉目秀麗という日本語を使う日が来ることに感動するような美貌の持ち主で、思わず目を閉じたくなるほどの美声の持ち主で頭の回転が速くてウィットに飛んだ会話もユーモアも持ち合わせていて大人で包容力があってついでにいえば経済力もあって情報屋なんて興味をそそられまくる職種の人間だとしても、
「それ以上、寄らないで下さい、 」
自分の興味を満たすためなら人を只の玩具とみなし、暇を潰すためなら誰かの未来を潰すこともいとわない最悪な人で、心を弄んで追い詰めたぎりぎりの理性を無くした人の本性を見るのが楽しいのだと至極真面目な顔で言い切るような人間なんて呼ぶのが間違っているような男であって、悪いことと知って尚むしろ知っているからこそ悪事を働くような異常な思考の持ち主で飽きたら未練もなく人も物も切り捨てるような性格で、そう、そうたとえそんな最低最悪の人間の風上にもおけないような、彼の存在を喜ぶものはいないようなそんなろくでもない相手を
「だって帝人くん、俺のこと好きだろ」
僕が好きだったのだとしても。
「俺も帝人くんのことが好きなんだよ」
僕を好いてくれていたとしても。
「さ、 わらな いで っ!」
伸ばされた手を叩き落とす。
この手に掴まったらそれでお終い、触れてしまったらきっと戻れない。
おちる訳にはいかない。
だって、
だってそう、これは
何度確かめてもこれは最低な恋なのです。
作品名:何度確かめてもこれは最低な恋なのです 作家名:ホップ