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One tree which fruit grows on.

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 俺の中には一本の実のなる木がある。
 それはとてもとても大きくて、毅然なものおいで俺の中心に聳え立っていた。
 健康的な青い葉が茂り、一枚一枚大きな葉で、それが揺れる間からは甘い果実が顔を覗かせて俺に笑いかけてる。
 俺はそれを実らせてくれた君に、沢山実っているその果実をプレゼントしたくて、勿論プレゼントなのだから俺の木の中で一番のとびっきりに相応しい実を選ぼうと吟味して吟味して、とても長い月日が経ってしまった。
 時には嵐に遭い葉は吹き飛び真っ赤な果実は枝から腕を放してしまい、それらにとって世界ともいえる大きな木から離れ死んでいった。その度に木の葉や枝先から涙のように雫が零れ落ち、静まった世界にポタポタと水滴が落ちては小さな小さな波紋を沢山作り出して、ある時は、炎天下の日が続き木は弱り枯れてゆき、ある時は吹雪き、痩せた身体に白銀の服を着ていた。
 とても、とても、長い長い月日をかけて俺は素晴らしい実を選び続けた。
 その間にも小さかった実達は成長を続けどれもこれも立派な面立ちになり、真っ赤に熟れて甘い芳香を香らせ俺に微睡を誘うほどへと成長した。
 俺はその中から一番を決められず、迷いに迷い続けた。
 そしていつしか艶やかだった実たちは皺を寄せ腐り始めた。それら自分の役割を果たし終えるほど長い間木に留まっていた。
 俺はとても慌てて、まだ腐りきらずに木に留まっている最後の一個をもぎ取った。そして、そのまま急いでここに来て、そして俺は今君の目の前に居る。


「ねぇ、君はこの腐った実を受け取ってくれるかい?」

 彼の座るソファの前を陣取って、最後にそう尋ねた。彼はジッと静かに俺の語りを聞いて俺を真正面から見続けていた。彼は只管にその顔に感情を浮かべずに俺の言葉を聞き流していたように思えるが、俺が最後にそう尋ねた瞬間、嘲笑するかのように口の端を吊り上げて、優雅にソーサーからカップを持ち上げた。

「お前はこの俺に、腐敗して異臭を纏い喰えたもんじゃないお前の果実を受け取れと言っているのか?」
「そうだよ。この実を俺に実らせたのは他ならない君だから」

 馬鹿にしたように言葉を言い放った彼に、不満げに顔を歪めて唇を尖らせる。彼はそれを見て、笑った後思案するように天上に視線を持ち上げて「ふむ」と呟いた。

「数年、数十年、いや数百年か。俺に見合う実を吟味し続けたことは評価してやる」

 偉そうにそう言って彼は視線を落とすと、指先で摘んでいたクリーム色の陶器に薄い藍の花弁を散らす薔薇が描かれたカップの端に薄い唇を添えた。
 彼がそうするだけで気品溢れる部屋の雰囲気に眉を寄せ、俺も同様に彼が淹れてくれた紅茶を不慣れな手つきで口にする。

「だが、俺はそれを受け取るつもりは無い」
「何故?」

 彼の手からカップがソーサーに戻される。カチャン、と陶器と陶器が触れ合う音が部屋の中に響きカップの水面が小さな円の中でざわめいていた。
 それに対して翡翠の双眸がぼんやりと落とされる。柔らかな香りを醸し出す水面に、まるで彼の思考が溶け出していくようだ。

「そんなにドロドロに腐って、中身まで覗けるような腐敗しきったお前の愛慕なんて恐ろしくて受け取れるはず無いだろ」
「それだけ想われてるってことじゃないか」

 だから、受け取ってくれよ。と続けるが彼は「嫌だね、そんな物喰ったら腹を壊すに決まってる」と拒否の言葉を続けた。
 そんなやり取りを繰り返していく最中でも、俺の中にある実は腐敗を進めていく。早くしないと、取り返しのつかないことになるような気がして今までに無いような恐怖が俺の中に広まっていった。

「いや、壊すのは腹だけじゃないかもな…しかし、あながち腹だけかもしれないが」

 お前の吐き出すものは量が多そうだし。と彼は厭らしい目つきで俺の下半身にチラリと目線を向けてニヤリと笑って見せた。
 人が真面目に話をしているのに、この男、どこまで茶化せば気が済むのだろうか。俺にはその答えが見つけられない。

「君は下品だね」
「そういうことだろ?ま、お前はまだ若いな」

 せせら笑いながら、彼は小皿に乗せていたクッキーをひょいっと摘みあげて唇を開きそれを向かい入れる。真っ赤な舌が、素っ気無い味のそれを歓迎するかのように伸ばされて濡れていた。

「分かった、この実を受け取ってもらうことは諦めるよ。その代わり」

 頬張ったクッキーを飲み込んで、指先に付いたクッキーの粉を舐め取っている彼が言葉の続きを催促するかのように宝石のように光を孕む瞳で此方を見つめて緩やかに瞬いた。

「君の実を俺に頂戴」
「俺の木には実は無い」

 即答だった。
 彼はつまらなさそうにそう言うと、先程まで真っ赤な舌が愛撫していた指先でもう一枚また別の種類のクッキーを摘み上げ攫っていく。生地の真ん中にベリーの赤が詰まったそれを摘む唾液で濡れた白い肌と光を反射する爪がどうにも煽動的である。

「嘘だ」
「本当だ」

 ひらひらと彼の眼前で曝されたクッキーが、うそ臭い色合いを香らすその言葉を吐き出した口の中へと消えていく。クッキーごと指先は唇に閉ざされ口内に閉じ込められる。
 しかし、直ぐに此方に戻ってきた。
 指先に先程のようにクッキーの粉は着いていないが、先にも増して濃艶さが滲み出ており、これは襲って欲しいとの彼なりの意思表示なのだろうかと考えた。

「俺の木の甘く苦い赤の実は、お前が数百年前に落としたあの日から、一度も実って無い」

 しかし、彼が紡いだ言の葉の意味の前に俺の思考は急速に崩壊を辿る。
 そんな俺に対し、彼はなんて事の無いような顔をして紅茶を啜っていた。

「君は、ずるい。ずるいよ」

 俺の声はとても間抜けに部屋の中に落ちて沈む。まるですすり泣く子供のような声だった。

「なんて君は執念深いんだ。」

 非難染みた刺々しい声を彼にそっと撥ね付ける。恨みがましい感情の全てを瞳に燈し目の前の似非紳士を睨みつけると、彼はそっと俺から視線を外し、疲れたように顔を歪ませ口の端を吊り上げた。
 そんな彼の手の中に納まったカップの内面では、人知れず紅茶が揺れ動く。

「本当だな。我ながら惚れ惚れするよ」

 そう言って彼、イギリスは紅茶の水面に映った自身に視線を落とし、そこに居るイギリスを嘲笑するかのように笑みを滲ませ優雅に紅茶へ口付けた。


作品名:One tree which fruit grows on. 作家名:さゆ