光明
別れがあった。
きっとこの先いつまでも忘れることはないであろう、悲しみの淵に立っていた。
瞼を閉じると、全て忘れて眠ってしまえる気がしていた。
けれど決してそんなことはなく。
悲しみはいつも淵からこちらを伺っていた。
そんな時、仄かに灯る明かりに気付いた。
裏会という大海に浮かぶ箱庭のような小さな世界――夜行。
希望の光はその中にあった。
「閃?」
縁側から自分の真上あたりの屋根目がけてそう声をかけると、その人物は動揺の気配を隠しきれずにいたが、じきに屋根からぶら下がり、縁側の外側、正守の前に降り立った。
閃だった。複雑そうな顔をしている。
「どうしてわかったんですか?」
「んー、勘、かな。もしかして気配を断つ練習してたの?」
「はい、してました」
悔しそうな顔は、看破されたことに対する素直な感情の現れだろう。
「勘で分かるものなんですか?たしかに、突然頭領が真下に来て少し驚いて集中切らしましたけど……」
「んー」
正守は腕組みをして考え込む。改めて問われても。
「経験に裏打ちされたインスピレーション、かな。それを勘って言うんだと思う」
陳腐ながらも自分の言葉ではそう返すしかなかった。の割に閃は感じるところがあったらしく、少し俯き加減でなるほど、としきりに頷いている。
「俺はまだ経験不足ですね……」
「俺の登場で驚いてるくらいじゃ、この先危ないぞ?」
「うっ」
痛いところをつかれたらしい、閃がだまりこむ。と、しばしの時を置いて顔をあげ、まっすぐに見つめ返してきた。
「俺、今のままじゃだめですよね」
「どうした、いきなり」
「戦闘班なのに、いつも後方待機だし……わかってるんです、ホントは諜報班のほうが向いてるって。今日は、看破されましたけど、それでも戦ってるよりずっと役に立つし……」
「うーん」
正守は腕組みする。閃の自分自身に対する評価は残酷なようだが正しい。
「でも、戦闘班に残りたいって言ってるのは閃だろう?」
「はい」
「そうだな……なら、自分で決めろ。悩め。そうやって悩み抜いて出した結論なら、俺は反対しないよ。どっちにしろ、後悔だけはしないようにな」
「……はい」
閃は胸に手を当てて正守の話を真摯に受け止めているようだった。
「考えすぎて破裂しそうになったら、俺のところに来るといい。お望みとあらば相手するしな?」
少しおどけた口調で腰を引き寄せながらその唇にキスを落とす。
「頭領っ、人目がっ」
「ないよ。そのくらいの気配には気を配ってるよ、俺だって。だから閃に気づいた訳だし」
「それは……そうかもしれませんが」
閃は正守の胸に手を当てて仰け反るようにしながら周囲を伺っていたが、正守のいうとおり周囲に人の気配がないことを確認すると体から力を抜いた。正守は思わずほくそ笑む。
「閃さ」
「?」
「そうやってつい確認しちゃう自分のこと、小心者とか思ってるかもしれないけど、俺は結構好きよ?閃のそういうところ」
「俺だって、いつか頭領みたいにどっしり構えて動じないみたいになりたいです!」
「そう?嬉しいこと言ってくれるね〜」
そしてぎゅう、と閃を抱く。閃は特に反発することもなく正守の抱擁を受け入れる。素直態度が嬉しくて、つい欲が出る。
「もう少し、俺を嬉しくさせてくれる気はない?」
「え?それってどういう……」
「つまりこういうこと」
不意打ち気味に閃の足の裏に腕を回し、腰を支えるようにして横抱きにする。突然宙に浮いた閃は動揺している。
「とっ、頭領!?」
「このまま、俺の部屋に行きます。いいかな?」
そう言って頬にキスをすると、そこから広がるように閃の顔が赤くなる。つまりそういうことに誘われているのだと理解している態度だった。
そして閃は正守の顔をじっと見る。
「どうした?」
「いえ、何でも」
そう言って正守の肩口に頭を乗せて、猫がするように頬をすり付けてくる。
存外、閃は甘えん坊だな、と考えながらも、正守は極力足音を立てないようにしながら自室へと向かって歩きだした。
光があった。
影から射す閃光。――閃。
正守にとっての光明は、彼の存在そのものだったのである。
<終>