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夜に呑まれたザッハトルテ

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僕よりも強い君は、気高く、美しい。
なのに君の最優先事項はいつも僕だ。

君と僕、比べて劣っているのは明らかに僕の方。

どうして、と思いながらまたこうも思う。
彼女は僕になにを求めているのだろうと。


夜の暗さの中、彼女と一緒、月に照らされながらそう思った。




【夜に呑まれたザッハトルテ】



いつものように彼女は僕を見つけた。


「炎真」
「…アーデルハイト」
「また虐められたのね」
「……ごめん」

絡まれた不良からの暴行を受けてボロボロになった僕。
全てが終わって、周囲に人もいなくなった頃合いを見て、彼女はやってくる。

「謝る必要はない。貴方に粛清すべきところはないのだから」

もしかしたら彼女は僕が暴行されている時からずっと黙って見ていたのかもしれない、そう思ったこともあった。
けれどそう考えても不思議と怒りなど負の感情は湧いてこない。それに何故だろうと自問してみても答えは返ってこなかった。

いつものように差し出された手、彼女の白い手。

「ほら、立ちなさい」

それを掴めば勢いよく体を引かれ、起き上がらせられる。
決まったセリフにいつもと同じ光景が繰り返される。

そしてこの後は晩御飯の献立を言うに決まっている…そう、決まっているんだ。

「炎真、今日はほうれん草の白和えとシチュー、その後はケーキよ」
「そう、なんだ」
「ザッハトルテ。好きでしょう?」

彼女はいつも僕の夕食作ってくれる。と同時に、僕の好きなデザートまで作る。
理由はわからない。ただ、僕がその物を好きだと頷けば、彼女は笑ってくれた。

「…うん。トルテすき」
「それは良かった。じゃあ早く帰りましょう」

それからまたいつものように、彼女と手を繋いで帰るんだ。

繋いだ手にはお互いの温もりが重ねられて。
彼女が隣にいるのが何だか心地好く感じている。



fin.