軍パロ
――― あー、もう、最悪だ
折原臨也は無残にも破壊され、鉄筋が露見してしまっているビルの、運良く残っていた基礎部分の陰に身を滑り込ませた。耳を澄まさなくても聞こえてくるのは乾いた破裂音と断続的な射撃音そして派手な爆発音。止むことのない砂煙と火薬と、死体の臭い。
彼が今いるのは、紛うことない、戦場だった。
もともと、臨也は軍の諜報部隊出身であった。任務遂行率は九割を超え、獲得してくる情報も有益で、軍部内では絶大な信頼を得ていた。社交性にも優れ、いずれは上層部に上り詰め軍を動かしていくだろうと思われていた。しかし八方美人な立ち振る舞いが不興を買い、こうして戦地の最前線へ赴く実戦部隊へと転属させられた。それ自体に関しては何も思っていなかった。実践は士官学校時代から得意分野であったし、生死のやり取りに対して平均少し下の恐怖がある程度だ。そんな彼が何より苛立って仕方がなかったことはある一点のみであった。
ビルの陰から敵兵の様子を窺っていたところ、不意に背後から肩を叩かれた。反射的にナイフを振り上げたのだが、黒い手袋一枚付けた手で刃先を掴まれ、そこまでだった。
「生きてたか」
その声を聴いて、臨也はナイフに込めていた力をふっと抜いた。同時に手も離され、ナイフを袖口に仕舞った。
平和島静雄であった。服はところどころ裂け、砂や泥による汚れはあるが、致命傷は負っていなかった。
「何だ、シズちゃんか」
臨也はその場に腰を下ろし、長い息を吐いた。臨也の苛立って仕方のない点である。
ことあるごとに、静雄と同じ戦場に駆り出されるのである。士官時代からの仇敵であることは上層部も知っているはずの事実である。なのに、こうして同じ場所で戦い、互いを助け合う状況にある。そしてそんな状況に、臨也は諦めという名の慣れを感じ始めていた。
最初の内は実際の敵よりもお互いを敵とみなして殺しあった。先に変化が訪れたのは静雄の方だった。臨也を見ては何度も青筋を立てていたが、次第にその矛先を無理矢理敵に向けていった。その変化に気付かない臨也ではなかったので、苛立ちを感じつつも敵を倒すことに意識を向けるようになっていた。
「戦況は」
「まるで駄目だね」
静雄の問いに対し、嘲笑し吐き捨てるように答えた。
「陣営の配置は最悪。人員は不足。連携も不可能。物資の調達も間に合わなかった。途中で爆破されたよ。俺は他の奴らはさっさと帰しちゃった」
一緒に動いてても邪魔なだけだから。そう付け加えた。
「そういう君はどうなんだい?」
「……とりあえず隊を二、三ぶっ壊して、戦車もいくつか壊してきた」
「さすが」
しかしそう言った静雄の表情は暗かった。
静雄が所属する特殊戦闘部隊に、彼以外の兵士はいない。そこはいわば軍内で人外扱いされた強い兵士たちの行き先であった。静雄は軍に入ってすぐ、ここに配属された。階級はない。寂しい隊番号が与えられるだけである。
――― まぁ、この作戦は敵の殲滅じゃないからね。
臨也は盗聴器を仕掛けた戦略会議の様子を思い出した。
折原臨也は無残にも破壊され、鉄筋が露見してしまっているビルの、運良く残っていた基礎部分の陰に身を滑り込ませた。耳を澄まさなくても聞こえてくるのは乾いた破裂音と断続的な射撃音そして派手な爆発音。止むことのない砂煙と火薬と、死体の臭い。
彼が今いるのは、紛うことない、戦場だった。
もともと、臨也は軍の諜報部隊出身であった。任務遂行率は九割を超え、獲得してくる情報も有益で、軍部内では絶大な信頼を得ていた。社交性にも優れ、いずれは上層部に上り詰め軍を動かしていくだろうと思われていた。しかし八方美人な立ち振る舞いが不興を買い、こうして戦地の最前線へ赴く実戦部隊へと転属させられた。それ自体に関しては何も思っていなかった。実践は士官学校時代から得意分野であったし、生死のやり取りに対して平均少し下の恐怖がある程度だ。そんな彼が何より苛立って仕方がなかったことはある一点のみであった。
ビルの陰から敵兵の様子を窺っていたところ、不意に背後から肩を叩かれた。反射的にナイフを振り上げたのだが、黒い手袋一枚付けた手で刃先を掴まれ、そこまでだった。
「生きてたか」
その声を聴いて、臨也はナイフに込めていた力をふっと抜いた。同時に手も離され、ナイフを袖口に仕舞った。
平和島静雄であった。服はところどころ裂け、砂や泥による汚れはあるが、致命傷は負っていなかった。
「何だ、シズちゃんか」
臨也はその場に腰を下ろし、長い息を吐いた。臨也の苛立って仕方のない点である。
ことあるごとに、静雄と同じ戦場に駆り出されるのである。士官時代からの仇敵であることは上層部も知っているはずの事実である。なのに、こうして同じ場所で戦い、互いを助け合う状況にある。そしてそんな状況に、臨也は諦めという名の慣れを感じ始めていた。
最初の内は実際の敵よりもお互いを敵とみなして殺しあった。先に変化が訪れたのは静雄の方だった。臨也を見ては何度も青筋を立てていたが、次第にその矛先を無理矢理敵に向けていった。その変化に気付かない臨也ではなかったので、苛立ちを感じつつも敵を倒すことに意識を向けるようになっていた。
「戦況は」
「まるで駄目だね」
静雄の問いに対し、嘲笑し吐き捨てるように答えた。
「陣営の配置は最悪。人員は不足。連携も不可能。物資の調達も間に合わなかった。途中で爆破されたよ。俺は他の奴らはさっさと帰しちゃった」
一緒に動いてても邪魔なだけだから。そう付け加えた。
「そういう君はどうなんだい?」
「……とりあえず隊を二、三ぶっ壊して、戦車もいくつか壊してきた」
「さすが」
しかしそう言った静雄の表情は暗かった。
静雄が所属する特殊戦闘部隊に、彼以外の兵士はいない。そこはいわば軍内で人外扱いされた強い兵士たちの行き先であった。静雄は軍に入ってすぐ、ここに配属された。階級はない。寂しい隊番号が与えられるだけである。
――― まぁ、この作戦は敵の殲滅じゃないからね。
臨也は盗聴器を仕掛けた戦略会議の様子を思い出した。