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小指の先だけ

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 傍らから機嫌の良さそうな鼻歌が聞こえる。ティータイムの終わった午後のひと時。窓から差し込む日差しはもうすぐ茜色に変わろうとしていた。
 僕はその日、読みかけの本の続きをリビングのソファに座って読んでいた。すぐ側に姉が座って何やら始めたらしいことにはすぐ気が付いたのだけど、お互いに自室で一人で過ごすよりはリビングで家族と一緒に過ごす方が好きだったので、姉が来たこと自体は別段珍しいことではなかった。
 ふわりと香る薔薇の香り。チラリと視線だけ上げて姉を見遣れば、ワインレッドの色を整えられた指先に塗り落としているところだった。ああ、やっぱり…そう思ってから視線を戻し、姉の鼻歌をBGMに読書を再開した。
 
 物語が終盤に差し掛かり、もう少しで結末が見えそうだというところで適当にキリをつけて本を閉じた。すると指先を綺麗な色に染めた手が、僕の左手を引いた。
「何?」
「んー? ちょっと貸して」
「いいけど、何するの?」
「ひみつ」
 目的の分からぬまま、姉の手に引かれて左手を差し出す。黙って見ていると、その左手の小指に小さな刷毛が透明の液体を落とす。
「ちょっと姉さん」
「いいからいいから」
 丁寧に透明のベースを塗ると、次は自分の爪に塗ったものと同じものの小瓶を手に取った。少ない会話の間に途切れていた鼻歌が、再び機嫌の良さそうな調子で茜色が差し込むリビングに響いた。
 蓋を開けると、またふわりと薔薇の香りが鼻腔を擽った。
「あ」と思った時には既に遅く、僕の指先は姉さんとお揃いの色になった。
「あーあ。どうすんのこれ。僕明日学校だよ」
「あら、お似合いよ。綺麗な色でしょ?」
「色は綺麗だけど、やめてよ。怒られちゃう」
「…誰に?」
「勿論、先生に。あと手塚」
 僕の返答を聞いて姉さんはくすくす笑った。たぶん誰の名前が出てくるのか分かって言ったのだろう。
「手塚くんに怒られちゃうんじゃ、あんたが可哀想だわ。大丈夫。夜には落としてあげるから」
「約束だよ?というか、なんでこんなことしたの?」
「これくらいならいいかなーと思って」
「…何が?」
「だって、あんたも裕太もそのうち他の子のものになっちゃうじゃない。それはもちろん喜ばしいことよ?でも、やっぱりちょっと寂しくなるわ」
 そう言って姉さんは僕の左手を取った。小指の爪だけお揃いの色を落とされた左手。それを何故だか愛しそうに見詰める。
「だから、少しくらい。この小指の先くらいは、私のものでいてくれたっていいじゃない?だからそれは私の印よ」
 そう言って同じ色に塗った自分の指と並べて、「お揃い」と笑った。
 そんな姉を見て、僕はちょっと切なくなった。
 だって僕は姉さんが大好きだ。母さんも父さんも裕太も大好きだ。そんな小さな爪先だけの印なんかなくたって、それはずっと変わらないのに。
「姉さん」
「んー?」
「それでも僕は、ずっと姉さんの弟だよ。僕と裕太の姉さんは、ずっと僕たちの大好きな姉さんだけだよ。この爪よりも綺麗な赤で繋がってる」
 並べた手を取り、掌を合わせた。姉さんの指は大人の女性らしいすらっとした指だ。合わせた僕の手は、そんな姉さんの手より少し大きくなっていた。そんな変化が、姉さんを少し感傷的にさせたのかもしれない。
 それからぎゅっと、その手を握り込んだ。
 握り返す思いだけは、昔から、これから先も、ずっと変わらない。

「そう、ね…あなた達はずっと私の大切な弟ね」



夕日に染まるリビングで、僕たち姉弟は手を繋いで一緒に笑った。




end
 
作品名:小指の先だけ 作家名:とびっこ