二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
ミルクティーナ・ゴゴ
ミルクティーナ・ゴゴ
novelistID. 2404
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

5月7日

INDEX|1ページ/1ページ|

 

二人は一緒に居るのが当たり前だったから、一人でいる時間はとても特別なものだった。


ふと視線を上へ移すと行き場をなくした太陽の光がやけに眩しく世界が輝いて見えたため、帝人はそんな持病とも呼ぶべき錯覚に苦笑せざるを得なかった。池袋の青空はいつもと何の変哲もない。そんなことはちゃんと理解している。それでも帝人は目をきつく閉じ、暫くこのどうしようもない感情に、或いは感傷に、暫くのあいだ身を浸し続けた。

一見、際限なく見える人間の感情にもキャパシティーは存在するらしい。ある男は言っていた―――嬉しいも、妬ましいも、楽しいも、哀しいも、ある一定の量を越えると何も感じなくなるのさ、何故か分かる?心が壊れないためだよ―――その時はよく分からなかったが、何となく、本当に何となくだが、それはきっと正しいのだろう。ただでさえ彼はいつだって正しかった。それに今だって、心臓は強く脈を打ち沸騰しそうな血液は絶えず流れてくるにも関わらず、こんなにも穏やかな気持ちで世界から切りとられている。

いつからだろう、物心ついた時分には既にそうだった。世界と自分は遮断されていて、境界の向こうにはショッキングカラーに彩られたおとぎの国が広がっている。けれども自分はモノクロな現実に突っ立っており、薄いレースカーテンからは鮮やかな照明が、チカチカと見せつけるように漏洩してる。奇しくも自分だけが彼らとは違う世界の住人なのだ。
一人でいると、そんなバカげた錯覚にほとんど憑りつかれてしまう。ああ、本当に悪い癖だ。この場に広がる淀みない雑踏も、鼻先を霞める春の香りも、全て自分の世界の事象であるのに。手を伸ばしさえすればしっかりと触れられるのに。
高校に入ってからというもの、この症状に見舞われると決まって正臣やってきた。正臣は仰々しい声で「辛気臭い顔しちゃって」「野郎だけじゃ華がない」「杏里を拉致しに行こう」「そして3人でナンパだ」と息継ぎも無しに急き立てるから、帝人は無理やり引きずられながら半歩後ろを歩かなければいけなくなる。呆れた様に大きなため息をついていたけれど、本当は嬉しくてたまらなかった。


記憶はいつかは消えてしまうものだから丁寧に丁寧に反芻しなければならない。帝人は以前、一度だけ正臣がふと唐突に謝ってきた時を思い出していた。

ごめん、帝人。最初はな、別にお前じゃなくてよかったんだ。ごめん。でも、今はお前じゃなきゃだめんだ、だからありがとう。

本当は謝って欲しくなかった。”ごめん”のせいでせっかくの”ありがとう”が消えてしまいそうだったから。謝るなら、たった今謝ってほしかった。いますぐここに現れて、「辛気臭い顔しちゃって」「野郎だけじゃ華がない」「杏里を拉致しに行こう」「そして3人でナンパだ」って無理やり引きずって欲しかった。「勝手にいなくなってごめん」「待っててくれてありがとう」って言って欲しかった。


静かに目を開く。するとそこには何ら変わらない日常が待っていた。
(正臣がいなくても結構やってけてるよ)
(ただぽっかり胸が空いちゃったけど)
世界へ連れ戻してくれる人はもういない。杏里はきっと一緒に世界にとり残されてくれるような子だから。そうやって哀しみに侵され続けて、摩耗された記憶は一体どれほど変容してしまったのだろう。どうして変ってしまうのだろう。
それでも僕らはモノクロの世界で待つことしかできないのだ。

君と出会えるまたその日まで。
作品名:5月7日 作家名:ミルクティーナ・ゴゴ