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どうか何も知らないで

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何か食べたいものはありますか、と訊ねたら、オムライスと返って来た。だから今こうして玉葱を刻んでいたわけだが、玉葱を何の防御も無しに刻めば当然目に沁みる。鼻に何か詰めれば良いのかも知れないが、そんなみっともない格好を人前で出来るわけがない。特に、好意を持っている人の前では。
 だから仕方無く半泣きになりながら二人分の玉葱を刻んでいたわけなのだが、一体何を勘違いしたのか、この部屋の主である青年は此方が何か悲しい出来事でもあったのかと信じ込み、不器用ながらも慰めてくれている。のが今の状況だった。
「あの……玉葱が目に沁みただけですから。本当に大丈夫ですから」
 もう何度言ったか分からない言葉(しかも混じり気無しの真実だ)を帝人が伝えても、静雄は抱き締める腕も頭を撫でる掌も止めようとはしなかった。
 こうして必要以上に優しくされる度に、帝人はもしかして恋人扱いではなく弟としか見られていないのではないのかと不安に駆られたりするわけだが、実の弟に対しては過保護にはならないらしいので、きっとこれが不器用なりに愛してくれているということなのだろうと、最近漸く納得して安心出来るようになった。
 そう、何かにつけて過保護なのだ、この恋人は。
「あのノミ蟲に何かされたんだろ。言え、今から殺してきてやるから」
 一日中こうしてゆっくり過ごせる機会なんて滅多にない。だから、今日はちょっと池袋以外の街に繰り出して、美味しいものを食べるのも良いかも知れないな……なんて考えていたのだ。
 それなのに、静雄は帝人と外出するのを嫌がった。最近はいつもそうだった。折角放課後に仕事が終わった静雄と過ごせても、街を歩くのもそこそこに、ファーストフードやファミレスに場所を移してしまう。一緒に過ごせることに変わりはないし、出費がいたいわけでもない。ただ少し、残念なだけだ。静雄のこうした行動の裏にあるのが、防寒や休憩の為ではないと知っているから。
「別にあの人に何かされたわけじゃありませんよ。確かに最近少し……いえ、かなり鬱陶しいですけど、実害は無いです。本当です」
 新宿の情報屋がダラーズの創始者に、ではなく、折原臨也が竜ヶ峰帝人に近付くようになったのは、そう最近のことではなかった。 もう、数ヶ月になるだろうか。今までネットでもリアルでも利害関係が一致して必要最低限の接触しかして来なかったのに、急に頻繁に会いに来るようになった。しかも、決まって静雄が側に居ない時を狙って。だから余計に、静雄は苛立ちを募らせるのだ。
 静雄と臨也の相性が最悪なことは、帝人も嫌と言うほど知っている。静雄が帝人に、ノミ蟲に近付くなと言えばそれを出来るだけ守りたいとも思う。しかし、臨也は帝人にとって大切な情報源でありダラーズの一員でもある。それに帝人は、臨也を傍迷惑な人だと思いこそすれ、静雄のように嫌悪感を抱いてはいなかったから、そう酷く邪険にしようとも思えなかった。
 俺は人間を愛してるんだ。臨也は決まって毎回そう言った。だから、俺の愛する人間があんな化け物に捕らわれているなんて堪えられないし許せない。
 客観的に見れば、臨也はとても魅力的な青年だった。容姿端麗で高給取りで頭もキレる。何も事情を知らない人間が臨也に会えば、コロッと騙されてしまうのも頷けた。だがしかし、幸か不幸か帝人は臨也がどんな人間かを知っていた。
 知っていたから、答えなかった。あんな化け物なんてやめて俺を選びなよ――という言葉に、耳を傾けさえしなかった。それが愚かな行為だと、分かっていたからだった。
「それよりも静雄さん、大変です」
「どうした帝人」
「この家にはデミグラスソースがありません。このままじゃオムライスで作れません」
「……別にケチャップでも良いんじゃねぇか?」
「ケチャップのご飯の上にケチャップを掛けるなんて、僕が認めません。デミグラスソースが無いなら今夜はチキンライスですよ、オムライスじゃなくて」
 それから暫しの間、見つめ合いと睨み合いのような無言の攻防が繰り広げられ、結局降参したのは静雄の方だった。やはり恋人には甘い男なのだ。
「コンビニ……には売ってねぇよな。時間かかるかも知んないけど、いいか?」
「僕の方こそ、今日の主役にこんなお使いを頼んでしまって……」
 自分が着たら袖を折ることが確実な上着を差し出しながら、帝人は申し訳なさそうに言った。気にするな、と軽く頭を叩く静雄は、本当にどこまでも優しい。
「もし……もし、臨也と会っても、今日くらいは怒らないであげて下さいね」
 躊躇いがちに帝人が言った言葉に、静雄は目を丸くしていた。 静雄が戸惑うのも無理はなかった。怒り出しても当然だ。しかしここで激昂されても困る。帝人は慌てて言葉を続けた。
「今日は折角の誕生日なんですよ。臨也さんを相手にするなんて時間が勿体無いですし、気分が台無しじゃないですか」
 それに、と帝人は付け加えた。
「幽さんが贈ってくれたケーキも、明日に回すのは申し訳ないですし」
 芸能人に決まった休みなど無い。今日も丸一日撮影だという幽は、せめてもと有名パティシエのケーキを朝一番に届けさせたらしい。当然ホールなので今日中に完食するのは難しいとしても、風味が落ちる前に切り分けてはおきたいところだ。
 帝人と同じくらい弟を大切に思っている静雄は、帝人の言葉に渋々ながらも頷いた。感情の起伏が大きいが意外と義理堅い静雄のことだ、これで臨也と鉢合わせても何とか堪えてくれるに違いない。
「……静雄さん」
「ん?」
「ごめんなさい」
 帝人の突然の謝罪に静雄はキョトンとし、お前が謝ることじゃないと笑った。プライベートではサングラスを掛けない静雄の、優しく笑う時に微かに細くなる瞳が帝人は好きだった。
 パタンと閉じるドアを見て、どんどん遠ざかって行く足音を聞きながら、臨也は今までどれだけの『平和島静雄』を見て来たのだろうと思った。高校の同窓生だというから、少なくとも五年以上の付き合いがあるのだ。それは、帝人と正臣の付き合い長さと匹敵するものだった。
 帝人が静雄と付き合うようになってから、臨也は帝人の前に姿を頻繁に見せるようになり、惑わすような言葉を掛けた。否、試すような、と言った方が正しいかも知れない。
 分からない。何も分からない。分からなくて良いのだとも思う。
 臨也が口にした言葉も、それにほんの少しだけ揺れてしまった心も、臨也がそんなことをする理由も。
 知らなくて良い。静雄は何も、知らないままで構わないのだ。それが彼の望んだことなのだから。
 臨也は決して、帝人に好きだとは言わなかった。帝人を愛していると、言わなかった。
 そしてきっと、静雄に会いに来る。言えない言葉を飲み込んで、伝えない想いに蓋をして。
 それでも必ず会いに来る。
 その理由を、その想いを、どうかあなたは知らないままで。
作品名:どうか何も知らないで 作家名:yupo