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氷のような

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 1月になり新学期がはじまったとたん、夏野は熱を出して倒れた。親戚のいる都市部で年末年始を過ごし、外場村の朝冬の冷え込みのひどさをすっかりと忘れていた。初めは1日で治るだろうとと軽く見ていたのが失念だったのか、雪も積もり寒さがより厳しくなったせいか、喉をこじらせ3日目には40度を越えた。
 1月の中旬は私立の高校受験が始まる時期でもある。その為授業内容が試験対策や、生徒が試験で公欠する為自習が多い。夏野は色々考えた結果、私立は受けずに公立の横辺町の高校を受けるのみとした。もとよりこの家からまともに登校できる高校など、それぐらいしかなかったのだ。選択肢などほとんどなかったに等しい。
 工房の息子が風邪をこじらせている、というのは尾崎の病院に言ったその日に村中に広まっていたようで、その次の日に梓からプリントを渡された。授業参観の案内と、学校新聞だった。
「武藤さんちの徹くんが持ってきてくれたの」
 すりおろされた林檎の冷たい感触が喉に通る。食べても戻してばかりだった夏野に、梓が気を利かせてつくったものだ。でもあの子、高校生だったわよね。どうしたのかしら。頭に思い浮かんでいた疑問を、そのまま梓が口にした。けれどあまり深く考えられる余裕はなく、用意された薬を飲むと副作用かすぐに眠りに付いた。
 こんなに風邪を悪化させるのは夏野には初めてのことで、それこそ村の気候を呪わずにはいられなかった。極寒の地、までとは言わないが、予想していたより寒さも、そして景色も、もっと北の地方にあるようなそれだったのだ。
 そしてそんな時に限って、見る夢は都会にいたころの自分だ。流れるような出会い、別れ。そこには感傷に浸っている時間も余裕もない。それが当たり前だった夏野にとって、外場村の生活は重荷以外のほかなかった。

 次の日も、その次の日も、徹がやってきたと梓から聞いた。3日目なんて特にプリントもないのに、果物を持ってきて、自分の様子を伺って帰っていったという。本当に、なにをしたいのかよくわからない。
 さらに次の日になると、熱も微熱程度に下がり、声も出るようになった。もう1日様子を見れば大丈夫ね、と梓が言うのに、夏野は頷いた。
 ごめんくださぁーい、と聞き慣れた声が遠くから聞こえて、夏野は目を覚ました。玄関の開く音と、続いて梓と徹の親しそうな世間話が聞こえてくる。懲りもせずによくくるものだ、と夏野はため息を漏らす。車の音ひとつしないこの村のなか、玄関から自分の部屋まで話し声などほぼ筒抜けだった。
「もう話もできる状態だから、よかったら」
 梓が徹にあがっていけと誘っている。徹は初め躊躇っているようだったが、結局梓の好意に負けたようだった。お菓子とお茶を後で持っていくわね。徹がうちに来たことは少なくないので、部屋の場所はもう知っているのだ。
 寝たふりでもするか、と考えた。治りかけているとは言え弱っている状態を、徹に見せるのはどうも気にくわない。考えているうちに控えめのノックが聞こえ、とりあえず目を閉じた。夏野ぉ、入るなー。抑えられた小さな声。
 鞄を置いたりおそらくはコートを脱いだりしているのだろう。しばらくがさこそとした音が続いて、ぱたぱたと徹が近づいてくる気配がした。ベッドの横には梓が用意した椅子と、タオルを濡らす水入りのバケツ、水と薬がおいてある小さなテーブルがある。そこの椅子に腰かけたのだろう。自分をのぞき込んでくる視線を、暗くなる視界で感じ取る。
 ほ、っと。安心したような一息が聞こえた。そんなにわかりやくて大丈夫なのかと夏野はおもう。元から感情がそのまま表情に出てくる人間ではあったが、にしては、出来すぎた人間だ。村で浮いている転校生のおれを放っておけないお人好しのいいやつ。しかもそれを無自覚でやってのけてしまっている。いつか彼が、彼の持つ善意によって自滅してしまうのではないのだろうか、そんなどうしようもない考えさえ浮かんでくるほどだ。
「起きたかぁ?」
 目を開けると徹がのぞき込んでくる。ベッドの頬杖をついて、暢気そうだ。
「おばさんにあがらせてもらったんだ」
「知ってるよ。…丸聞こえだった」
「おりょ。なんだなんだ、元気そうだな。明日は学校行けそうか?」
「行くよ。これ以上勉強に遅れとるわけにいかないし」
「おおう、いい心がけだな」
 タオル、絞るな、と言って手際よく額に乗っていたタオルをとり、テーブルに置いてあるバケツで再び濡らして絞り、夏野の頭にそっと乗せるのだった。慣れているのだろうな、とおもう。徹は長男だから下の兄弟の面倒をみることもあるだろうし、そうじゃなくても村全体の子どもたちに頼られているのも、他人の家なのにさらりとこんなことをやってのけてしまうからだ。長い人生の中で結局いつかは離れていくのに、そんなにきりもなく世話を焼いて何が楽しいのだろうか。夏野には理解できないのだ。
 なんだか妙にいらいらして、しかし嫌味を言おうにも喉がからからだった。
「水飲む?」
 こくりと頷く。徹はボトルに入っている水を横にあったグラスに移した。夏野は上体を起こす。ほい、と手渡されて、その手の冷たさにどきりとした。
「死んでるみたいだな、」
 ほえ、と徹は首をかしげた。
「徹ちゃんの手。冷たくて、死んでるみたい」
「おまえな〜。残念ながら生きてんよ」
 徹はなんでもないみたいに笑い、額をぺたぺたと触ってくる。
「…なつの?」
 その呼びかけに気づかれたと思い、思わずそっぽを向いた。自分でもおかしいとわかっている。心臓がばくばくと音を立てている。うるさい。いっそのこと心臓をつぶしてしまおうかと考えるほどに煩わしい。
「おまえ、顔色急に悪くなって…」
「平気だってば。いいからもう、帰れって。あんただって暇じゃないだろ」
「でも…なあ夏野、おれがなにかしたのか。だったら謝るから」
「簡単に謝るなって…あと名前で呼ぶなって」
 最後はもうほとんど徹には聞こえていなかっただろう。夏野は壁側を向いて布団を額あたりまで被せて、それきり黙ってしまった。しばらく沈黙があって、なつの、と小さく呟かれたそれは気を利かせていたのか、それとも出そうとして声が出なかったのか、夏野には分からない。がさがさと音がして、徹は部屋から出ていった。ゆっくりと閉められたドアの音がひどく頭に響いて、夏野は今日はもう何もかんがえたくないとおもった。死んだように冷たかったてのひらから、脳裏に浮かんだ棺に入れられた彼の生気のない白く透き通った肌も、それを見て震えている自分も、それから、そんなものを考えて恐怖を覚えている自分も、きっと病気だからに違いないのだから。
作品名:氷のような 作家名:きみしま