ひそやかに、
血が、と思った。
大量に失ってしまえば死んでしまうというのに、普段は気にもとめない体液がとくとくと、指の先から全身くまなく循環しているのがわかる。体温が上がっているのだろう。ふわりとした熱が顔の周りに集まってきていた。うっすらと自分の中にたまる、あたたかいものが重さを増していく。
「……好きです。静雄さんも。静雄さんとなにしてたって。あなたならなんでも好きなんです」
こういう言葉が一方通行になるのはよくない。もどかしく思うのはこういうときで、今日もなにも返せない。
半分重なり合った格好で帝人の手が俺の手をとった。
「つめたいです」
落とされた台詞は一体どちらに対して言われたのか、一瞬判断ができない。強く握り締められたので、手のひらの温度のことを言っているのだと理解するのに数秒要した。
それに握った手のひらをわずかばかりに力を込め、悪いと洩らせば微かに帝人は笑った。俺の手が冷たいことも、何も返せないことにも二つの意味で謝ったことくらい、目の前の帝人は解っているだろう。
「いいです。気持ちいいから」
どうしようと不安に揺れる俺の額に、もう一方の手が当てられた。
「僕の手は? 気持ちいいですか?」
澄んだ双眸が優しく歪んで、美しい眼球に不安そうな顔をしている俺が映り込んでいた。逆上せ上がってしまっている俺の肌は、不安に揺らめく心とは別に帝人のてのひらにひどく馴染んだ。
ずっと前からそこにあったみたいに。
普段、見ることのない淀みの無い笑顔が間近に迫って、更に血が沸騰したんじゃないだろうかと思った。きっと、恥ずかしいくらいに俺の頬は赤いのだろう。確かめる術がないから、目の前で笑ったままの帝人の瞳と言葉だけが全てだった。
「静雄さんは、本当やさしいですよね」
帝人は云った。
「こんな僕のこと受け入れてくれようとするんだから。――あまいです」
僕が悪人だったら、静雄さん……一体どうするんですか。
震える声音が耳元をくすぐるように投げかけられた。
額に置かれた手のひらはいつの間にか、俺の視界を遮っていた。これでは、帝人の顔は見れない。
言葉にできないのだから、せめて視線ぐらいは彼に向けていてあげたいのに、それすらできないのならどうしたらいいのか解らなくなって慌てた。
掴んだ手のひらのまま、「あまくない」と呟くと彼がふと、笑った音が耳元で響いた。近い位置での吐息に知らずに身体ばかりが反応する。
「静雄さん、好きです」
囁かれた言葉以上に体すべてが熱く出来上がってしまっていて、こんな状態の俺の熱がどうか帝人にも移ればいいのにとよくわからないことばかり考えていた。
返すべき言葉もなく、上昇する熱ばかりがあつくて。
ただそれだけの熱が答えみたいに、帝人にわかってもらえたらいいなと甘いことを思った。
「帝人」
「はい?」
「……、みかど」
「なんですか、静雄さん」
伝えられないもどかしさばかりが名前になって、そればかり俺の口が繰り返す。
優しく微笑む帝人の瞳は、同じように優しく俺を映している。揺らぎようのない瞳に揺らいでばかりいる俺の顔が見えた。掴んだ手のひらが更に熱くて、少しだけ力を込めた。それだけで痛いはずなのに、真っ直ぐに見つめてくる帝人にまた体温だけが上昇した。
名前だけを繰り返す俺に、仕方ないなという風に帝人はいつも息を吐く。でも、それは呆れているわけでも、怒っているわけでもなく、どうしようもない俺が何を伝えたいのか察してくれているのだと思う。
「大好き、静雄さん」
囁かれた音が鉛のように重たく、俺の中に響く。
いつか、その音が俺を支配してくれないかなんてバカバカしいことを想像しながらゆっくり瞳を閉じた。同時に柔らかい感触が唇の端に感じて、より一層、瞼をふせた。
一人称、難しいですね……というか、文章って難しいですね……