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フィンおじ
フィンおじ
novelistID. 21831
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落花流水

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狐面を被った男が息を切らし襖を開けると、長い鼠色の髪を腰まで下ろした朱色の隈取の男が澄まし顔で部屋の隅に鎮座していた。

事の始まりはこの隈取の男が「茶には茶菓子が、欲しくなりますねぇ」と漏らしたことなのだが、この様に使いっぱしりにされるのは仮面の男にとっては慣れっこだった。
寧ろ必要とされている等と健気に思い込み、嬉々として草履を引っ掛け表へ飛び出す有様である。

「薬売り、羊羹で良かったか?」
「ええ、態々すみません、ね」

首だけを緩りと此方に向け、言葉とは裏腹に悪怯れた様子も無く言う隈取の男を見て、仮面の男はある事に気付いた。

「お前、髪を結っていないのだな」
「先刻から。……見ていない?」
「茶菓子を買いに出ていたからな」
「そう、ですか。なら致し方無い」

そう言った男の青い目は最早興味が薄れたといった調子で畳に向いていた。
やれやれ、と仮面は思う。
この男の気を引くのは途方も無く難儀だ。
自分が買物に出ていたことなんぞまるで気にしていない。
やっとこさ此方を向いてくれたかと思えば直ぐ、ふらりと何処かに行ってしまう。
捕まえておくことすら叶わない。まるで風の様な存在。



「俺も髪を下ろしたんだ。あんたも仮面を…外したら、如何です」

茶菓子の包みを持ったまま棒立ちだった男の顔がはっと上がる。
表情こそ仮面に隠され計り知れないが。

「……いや、それは……俺は、あやかしだから、」
「あやかし、だから」
「……ああ」
「……それなら、塩でも撒いてやりますぜ」
「それは勘弁してくれ」

仮面の男が困った様に言うと、男の藤色の唇が弧を描く。
出来ない癖に戯言を、なんてことは言えない。彼ならやりかねないからだ。
以前、帰宅すると屋敷が綺麗に塩の線で囲まれていた事があった。
男には、彼が何を気に入らなかったのか見当もつかなかったが。


「冗談、です。俺は茶でも、立てますかね」
「……ああ、すまない」
「いえ。あんたは、茶菓子を」
「承知致した」


狐面の男は、指示された事――此処まで重なると最早主従の様な関係に成っているが――に素直に是と頷く。
隈取の男に菓子を買って来い、皿を取って来いと散々働かされても満更でも無い様子。
そしてそんな仮面の寵愛を受ける隈取の男もまた、満更嫌でもない様であった。
作品名:落花流水 作家名:フィンおじ