凶夢
黒い地面に、いや、地面ではない。なんだかよくわからない、言ってしまえば底なし沼のような。
ただ沈んでいくだけの夢。
咄嗟に、彼は死ぬと悟った。
今思えばただ沈んでいっただけなのにそれを死に換算するのは至極早合点だが、何故かその時は直感していた。ああ、彼は死ぬのだと。
ぶくりと音を立てて呑み込まれていく身体。
華やかな着物を纏ったその身体はその場に酷く不釣り合いに感じた。
俺は無表情で沈んでいく薬売りをただ見ていることしか出来なかった。
白い四肢が次第に取り込まれていくのをただ見ていることしか出来なかった。
肩が沈み首も沈みとうとう口元まで沈みかけた時、彼は何かを言った。
こんな状況でなければ見逃している程の小さな動きだった。
辛うじて何かを伝えようとしていることはわかったが、結局言葉の真相はわからなかった。
そのままみるみる内に鼻先まで沈み、ごぽりと声にならない言葉が泡となり弾けた。
得体の知れない恐怖と絶望にぐらりと視界が揺れ、そして意識が浮上した。
「大丈夫ですかい、アンタ」
霞んだ視界に怪訝な表情の薬売りが写りこんだ。
酷い頭痛だ。
夢の中では死んだはずの薬売りが確かに此処に居ることに酷く安堵したが、この時はただ荒い息をつくしかなかった。
しかし未だ残る、安堵と相反する不安に駈られ「妖怪も悪い夢を見るんですねぇ」と冗談混じりに言って水を差し出した薬売りの腕を引っ張り抱きよせたのだった。