煙管
勿忘草色の着流しをゆったりと身に着け、物憂げに庭先を眺めているようだった。
落ち着いた鼠色の長い髪は高いところで纏められているが、二本の赤い木の実の飾りの簪が刺してあるだけなのでほとんどが落ちてしまっている。
足には、雪駄が爪先に辛うじて引っかかっているだけだった。
ふと薬売りは背後に気配を感じた。目を伏せて、そしてゆっくりと振り向いた。
そこには藍色の着流しを身に纏った仮面の男が立っていた。
薬売りは振り向いたまま、伏せられていた目を薄く開いて数回瞬いた。
「気に入った様だな」
ちらちらと覗く青い瞳が妖艶で、仮面の男は堪らない気分になり苦笑をして言った。
返事代わりに可笑しそうに口元を歪めゆっくりと煙を吐く薬売り。紫煙が家の塀を超え縷縷として立ち上っていった。
「だが俺の使い古しでは相応ない。今度新しいのをやろう」
薬売りの隣に静かに腰を下ろしながら仮面の男が言った。
そんな気の効かせた言葉を聞いても、薬売りは相変わらず煙管を吹かしながら艶笑しているだけだった。
しばらく二人は縁側で思い思いの――薬売りは相変わらず締りのない格好で煙を吐き、男もまた庭の金木犀の下で戯れ食いする栗鼠を惚けた様子でぼんやり眺めていただけなのだが――思考に耽っていた。
どれくらいの間そうして居ただろうか。薬売りが何とはなしに開口した。
「アンタ、新しい煙管を購うつもりで?」
「ん?……ああ、そのつもりだが」
着流しの袖に手を無造作に突っ込んだまま居住まいを正し、男は続けた。
「何せ骨董だからな、お前には少し地味かもしれん。仕舞には俺が五年も使っている」
俺の物持ちが良いのかもしれないな。
そう冗談めいた口調で言ってからりと笑う。
「いやなに、城下の市に行けばこれより華のあるものが見つかるだろう」
「……いや、」
否と応えながら薬売りは自らの体重を預ける様に男の左半身に寄り掛かった。
男は少し戸惑う様子を見せたが、やがて彼の身体に腕を回し肩口に埋まる頭を撫でた。
はらりと癖のある髪が落ちる。
「嫌か」
「……別に、そういう意味で言ったんじゃあ、ないですよ」
その言葉がどうにも解せない男は、それだったら何だと薬売りに問うた。
「私にもこれを使わせてやくれませんか、ね」
「それは構わないが。お前はいいのか、これで」
薬売りは男の狐面の口元を緩やかになぞり言った。
「これが、いいんです」
そう、
「これはアンタと繋がる唯一の媒体なんですから」
薬売りが吐いた紫煙は暖かい空気の中をゆったりと漂って屋根の向こうに消えていった。