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フィンおじ
フィンおじ
novelistID. 21831
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「ねえ先生」
「なぁに?」
「嘘をつくと、口から蛙が出てくる男の話、知っていますか?」

要くんが穏やかな声でボクに聞いた。
声質はとても柔らかいのに、その言葉は空気よりも重くて、それでいてふわふわと当てもなくボクの心を彷徨った。

「口から蛙?」
「そう、口から蛙」

知っていますか?
もう一度、今度はゆっくりとこちらを見ながら要君は問うた。
黒色の瞳を包んでいる瞼は、ボクを認識するとぱちりと一瞬だけ閉じた。
素直に知らないと答えると、要君は相変わらず穏やかな声で、そうですか、と言って静かに笑みを浮かべた。

「どうして?」
「いいえ、特に理由は。でも昨日母さんに聞いたんです。嘘をつくと口から蛙が出てくる男の話を。それでずっと考えてた。どうしてその男がそういう体質になってしまったのかって」
「どうして?」


そう聞くと要くんは小さく吹き出した。
それにつられるように、ボクも笑った。

「先生は『どうして』って、何度も聞くんですね」
「うん、ごめん」
「いえ。でもそれって普通のことだと思います」
「そう?」
「人はみんな、理由を求めて彷徨してる。先生は考えたことがあるでしょう?自分は何で生まれてきたのだろうって」
「そうだね、ある、かも」


神妙に頷くと要くんはからからと笑って続けた。

「でもね、先生。そんなのどんなに考えてもわからないでしょ」
「うん」
「わからないんですよ。そういうものなんです。別に、理由なんて知らなくてもいい。知らなくても何にも困らない。そういう風にできてるんです」

ぱちぱちと再び瞼が閉じられて、要くんの頬に影が落ちた。
じっと見つめていると、要くんは擽ったそうに笑った。


「っていうのは母さんの受け売りなんですけどね。でも聞いたことあるでしょう?」
「うん」
「別に俺の母さんだけが言ってる事じゃないですし。多分誰もが考えることなんです。そんなに難しい話じゃないから。知らなくていいって結論づければそれで終わりですから。一番簡単な答えなんです」

瞼を薄く閉じて言った要くんに、そうだね、とボクは囁くように返す。
手を少し伸ばして要くんの頬を撫でた。


「でも、もしかしたら凄く大きな理由があるかも」
「理由?」
「うん。要くんが言うように、別に知らなくてもいいことかもしれないけど、本当はすっごくスケールの大きい理由が隠されてて、人間がそれを知ったら駄目だから、神様がそういう思考回路を作ったのかも、人間に」
「例えば?」
「ううん、なんだろ」

肩を竦めて言うと、要くんはぷっと吹き出した。


「それも面白いですね」
「でしょう?」
「はい、面白い」

口元に笑みを浮かべながら可笑しそうに言う要くんに、今度は僕が質問をする。


「ねえ、それで?それでその、口から蛙の出てきちゃう人の話は?」
「え?あ、いや、特に何も無いんですけどね。ただ考えてもわからなかったから、知らなくてもいいかもって思って止めちゃったんです、考えるの」
「ああ、そういうことか」
「でもその人は、山奥に住んでるんですけどね。ある日訪れた人に『そんなところに一人でいて寂しくないんですか』って、聞かれたんです」
「うん」
「そしたらその人、『寂しくなんかない』って言いながら口から蛙を出したんですって」

なんだか切ない話ですよね。
そう言ってあんまり悲しそうに言うものだから、ボクはそれに簡単に感化された。
少しだけ胸が苦しくなって、そうだねとしか言葉を返すことができなかった。


「でも、」
「でも?」
「でも、先生は、要くんに、そういう、思いはさせたくないから」
「はい」
「一緒に、います、ずっと」

ボクの馬鹿みたいに拙くて突然の言葉に、要くんは「なんだそれ」と言って、またからからと笑った。
作品名: 作家名:フィンおじ