君の名残、僕は泣かない
葉の上を、花弁の上を、雨は軽やかな音を立てて流れていく。
さあああ、と心地の好い雨音。
肺の隅々、一杯まで空気を吸い込む。
雨の日特有の、懐かしい土の匂いがした。
薄汚れたフードを取って、空を仰いで。
僕の髪に、頬に、首筋に。ああ、雨はするりと滑り込んでくる。
瞼を閉じれば、ゆるやかにつたって落ちる。
みるみるうちに水分を含んで、僅かにしっとりとした重みを孕む。
体温も徐々に下降していき、指の先が冷えていくのが分かる。
雨は、好きだ。
余計なものを洗い流してくれる雨が、僕は好きだ。
それに、かつて僕の隣にいた彼を忘れないでいられるから。
おもむろに背後を振り返る。
道は、果てなく僕の背から伸びていた。
あの日から、今僕は果たしてどのくらい遠くに来たのだろう。
もはや、それを知ることは出来ないけれど。
「 」
彼の名が、唇から零れてちいさな飛沫をあげ、ちいさな水溜まりに波紋を拡げて沈んでいった。
「 」
さあああ、という音に時折混じる水溜まりのぴちょん、という音。
あまやかな彼の鼓動のようだと思った。
( 、君はそこにいるの?)
彼――僕の片割れである彼――の名は、まるで僕と同じもので。
「僕はここだよ。ほら、ここにいる」
雨に向かって、小さく叫んだ。
君の名残、僕は泣かない
(耳に残るのは、波紋を広げる君の心音)
:)
おっかなびっくり初投稿です。太古の昔に書いた物をこちらにこっそり。
大分残念な出来になっています。
作品名:君の名残、僕は泣かない 作家名:沁(しみる)