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それは旅人が出会った奇跡の一抹

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竜ヶ峰は俺の部下だった。俺が率いていた隊は戦禍が激しい前線へ派遣される部隊で、屈強な人間とか簡単には死なない人間が集まっている中、竜ヶ峰は平均より小柄で細身のおよそ軍人とは思えない体格の人間だった。そいつを俺の隊に所属させた上の頭を疑ったさ。何でこんな一瞬で死にそうな奴をここに寄こすんだって。それこそ死ねと言ってるもんじゃねぇかって。だが竜ヶ峰は違っていた。あいつの目は死ぬ運命に在るような人間の目じゃなかった。むしろ生きる事に貪欲な、そんで希望に満ちた目をしてた。あんな小さぇ身体に命の輝きいっぱい詰め込んでたんだぜ?死に慣れちまった俺らがそんな人間を嫌がらないわけねぇだろう。竜ヶ峰は礼儀正しいけど物怖じしねぇ奴だったから、俺らともすぐ打ち解けたさ。特に俺とは話が合った。あいつは俺と同郷の人間だったんだ。つっても俺は故郷の事なんざすっかり霞んじまっていたが、あいつはつい最近の事のように故郷の話をしてくれたよ。春は桜並木が綺麗で、夏は川で遊んで、秋は山に入って果物を採ったり、冬は銀世界が美しいけど雪掻きが大変だとか。他愛のない話だ。けど俺にはどれもこれも掛け替えのないものに思えた。目の前で楽しそうに故郷の事を口ずさむ竜ヶ峰を含めて、な。・・・そうだよ、俺は竜ヶ峰に惚れてた。てか惚れねぇのがおかしいだろ。あいつすげぇ可愛いんだぜ。たまに厳しいこと言うけどよ、それだってあいつが俺の事を想って言ってくれてるってわかるから全部許しちまうんだ。ほんと自覚した時は笑っちまったぜ。死に一番近い場所に立つ俺が、誰かを愛するなんてさ。けど不思議と後悔はしなかったなぁ、何でかは知んねぇけど。だからあいつも俺が好きだって知った時は馬鹿みてぇに喜んだ。もうきっとこれ以上の幸福は無いって。そしたらあいつはこう言ったんだよ。「両思いになってからの幸せはもっと凄いですよ」ってよ。敵わねぇなぁって思った。俺はこいつには頭あがんねぇって。でもそれも嫌じゃなかったっつーから恋ってもんはほんとしょうのないもんだよな。・・・ははっ、惚気てんだよ。いいじゃねぇか、聞きたがったのはあんただろ。それにあいつの事をこうして誰かに話すのなんて久しぶりだからよ、口が軽いんだ。毎日毎時間忘れたことはねぇけど、たまには誰かに聞いてもらいてぇんだ。あいつと一緒に過ごした頃の事を。・・・幸せってもんは過ぎんのはえぇよな。そもそも俺らは戦場に身を置く兵士だからそんなの当たり前だったが、あん時はまじであいつと離れるって事が想像できなかった。したくなかったのかもしんねぇ。最後の戦争だって言われたよ。だから絶対に生き残ってやるって誓ったさ、皆も、あいつも。そしたら俺と竜ヶ峰の結婚式挙げてやるって誰かが冗談半分で言いやがって。おかげで盛大に照れたあいつを宥めるのには苦労した。・・・俺らには希望しか見えなかった。こうして居るのが未だに信じられねぇ。あいつが傍に居ない今が。・・・戦場で逸れてそれっきりだ。なあおかしいと思うか?戦争が無くなって平和になってこんな穏やかな日常を過ごしてんのに、俺にはあの頃の方が色鮮やかで幸せだったと思えるんだよ。おかしいだろう?あいつが居ないだけで世界の色がもう思い出せねぇんだ。もちろんあいつが生きてるって信じてるさ。約束を破るような人間じゃなかったし、生きる事を誰よりも望んでいた奴だから。俺らもそれに引きずられて生き延びたようなもんだ。あの頃の仲間もあいつを探してくれてるみてぇだしな。もちろん俺もさ。ここは一時の宿り樹みてぇなとこで、俺も元々あんたみてぇな旅人だぜ?とは言っても目的が一つしかねぇ、どっちかって言うと探し人だけどな。色あせた世界でも、あいつを探し出してまた一緒に過ごす、それもあの荒れた戦場ではなく平和な日常の中で一緒に。その為に俺は生きる。生きてあいつを探し出すんだ。・・ははっ、確かにそうだな。これも一種の愛に生きる男の姿なのかもな。



ああほんと、会いてぇなぁ。






****



彼はそのまま黙りこんで、遠くの景色を見つめた。否、きっと思い出の中の恋人を見ているのだろう。同じように私は景色を見つめ、傾いた太陽に長居をしていたことに気付いた。そろそろお暇をしなければ。休ませてくれたことに感謝を告げれば、彼に「暇つぶしに付き合ってもらってありがとよ」と逆に言われてしまった。中々のお人柄である。私は旅の中彼のような人間に出会えたことに感謝をした。そしてふと思い出したことを口にする。彼に会う前、ここから二つばかし向こうの街に出会った少年のことを。その少年は動かない右足と戦場で無くなった右目を抱えながらも、旅人の私を今の彼のように快く受け入れてくれた。聞き上手な少年とは話が弾んだ。少年もまた戦場に身を置いていたという。今思い出してもよく生き残れたなと思うぐらいとても苦しい日々だったと。けれどその中で掛け替えのない人に出会えたから、けして辛いだけの思い出じゃないと。最後の戦争で少年は瀕死の状態から奇跡的に生還し、今は助けてくれた人の家でお世話になっている身らしい。動かない右足を擦りながら、それでも何時かはこの街を出るのだと言った。探している人がいると。私がそれは先ほど言った掛け替えの無い人かいと聞くと、少年は面映ゆそうに笑った。きっとあの人は待っていてくれてるから、そう言って笑った顔は生命に溢れた美しい顔だった。・・・その少年の眸の色?ああ、確かとても鮮やかな蒼だったよ。生命が起源とも言われている海の色をしていた。ああ確か、その少年の名は、――――、






(もし貴方があの人と出会えたならば、伝えてくれませんか?)
(僕はずっとずっと貴方を愛しています)
(そして今度は一緒に故郷へ帰りましょうって)



―――静雄さんに、そう伝えてください。







旅人は思う。駈けだす大きな背中を見つめながら。
これだから旅は止められないのだと。