代償と嘲笑と
滑らかで、冷たくて、酷く無機質なものに触れる。輪郭、それから掘られた文字を指でなぞる。
これは石だ。それも、墓石。
(Mars...Hughes)
目の前のこれが彼のそれということを確認し、抱えていた花束を乗せた。ビニルが重なり合い、かさかさと音を立て、持ってきたものとは違う、花の芳しい香りが鼻を擽る。
(先客がいたのだろうか?)
「無礼な真似をして悪いな、ヒューズ」
少し遠くで、別れを悼む鐘の音がニ三度聞こえる。
小さく小さく、声を嗄らして泣く幼子のそれが聞こえる。
パパ、パパ、と何度も呼び掛ける声は、彼の愛娘の表情を酷く鮮やかに思い起こさせた。
「奥方が来ていたのか?
…どうだ、エリシア嬢は大きくなっていたか?」
無数に群がる青が脳裏に蘇る。
絶対忠誠を示す色、この国の狗の証の色。
自分が袖を通さなくなって、どのくらいになるのだろうか。
視えなくなってからそれなりの月日が流れ、今ではたどたどしくも日常生活のことは何とか一人でこなせるようになった。
初めの頃は彼女が度々訪ね、自分一人で出来損ねた家事の大半を片付けていってくれていた。感謝は少なからずあった。だが馬鹿らしい小さな男のプライドと自らの無力さに対する情けなさが常に離れず、一通りを覚えてきた頃、彼女にもう来なくて良い、頼むから来ないでくれ、そう言い捨てた。
そうですか、了解しました、彼女はいつものようにそう答えていた。だがどんな表情をしていたのだろうか。あんな酷い仕打ちに何も思わないはずがないのに。この口からそんな言葉が平気でぺらぺらと出てくるようになったのは、もしかしたら顔を見て話すことが無くなったからなのかもしれない。
人間は慣れる生物だとよく言われるが、
(これも慣れ、という奴なのだろうか?)
「今に始まった事ではないが、私も酷い人間に為ったな」
よいしょ、と口にしながら立ち上がる。その行動が我ながら笑えた。
もう自分も生意気な言葉が許される程、若くはなくなったのだ。
それからおもむろに空を見上げた。今日の空は何色なのだろう。
「…いかん、雨が降ってきた」
被っていた帽子を少し目深に被り直す。その陰から、「雨」が頬を伝う。
以前のように雨など降ってはいませんが、と返してくれる彼女は、もういない。
「嗚呼、…大降りだ」
代償と嘲笑と
(手を伸ばしてももう届かない幸福と引き換えに差し出すものも最早何も無く)
:)
鋼の錬金術師、大好きです。原作派でした。歴としては今年で約9年目になります。
あまりにも好きすぎて、終わり方がどうしても受け入れきれない自分がいまして、こんなことをしでかしました。まずはマスタング大佐をば。また増殖するかと思われます。
原作でおkな方には失礼してしまったかと思います。どうか同志の方、いつか現れますように…!かなり切実です(笑)