盲目の恋
「あ、ええと学校の、サイの、友達の。こんにちは」
「あ、こんにちは、フレイ、さん」
「やだ、さん付けなんてしなくていいわ。ええと」
「あ、キラです」
「キラくんね。ごめんなさい、私、人の名前覚えるのが苦手で」
「いや…あ、くんとか、いらないから、僕も、」
「そう」
音はキラの横に止る。目を向けると彼女は笑っていて、その笑い方はとても上品だ。生温い風は相変わらず彼女のスカートをゆらゆらと動かしている。自分の隣にあの少女が佇んでいるという事にキラはとても平静でいられなかった。何か買い物していたの、と少女が訊くのに対して目を逸らし震える声でカトウ教授に頼まれたものを、とだけ答えることが精一杯である。少女は困ったように眉を少し下げてそう、とだけ言った。キラはしまった、と自分の態度を咎めたがそれも今更で、終に会話は途切れた。沈黙。電車はまだ来ないのだろうかと電光掲示板を見るとパッと赤い文字が点灯して電車の到着を告げるアナウンスが流れた。キラはほっとして盗み見るように再び少女に目をやった。かんかんと照り付ける太陽に彼女は目を細めていた。薄っすらと肌に浮かぶ汗が綺麗だ、白いスカートも綺麗だ、赤い髪も、瞬く瞳も。
電車がプラットホームに着いてドアが開くがキラは動かなかった。少女はキラを怪訝そうに見つめていた。
「乗らないの」
「うん、友達がまだ、買い物行ってて。待たなきゃいけないんだ。だから、」
「そうなの」
キラの嘘に疑う様子もなく、それじゃあまた学校でねと彼女は言った。キラは極力明るい声と表情を作ってうんまた今度、と手を振った。ドアが閉められてその向こうでも少女は手を振っている。その様子、その光景、全てが綺麗だ。
電車が去ってホームに一人キラは残された。沈黙が耐えられないからと言わずに一緒に電車に乗ってしまえばよかったと少し後悔したのだが。いつの間にかこちら側も向かいのプラットホームにも人が大勢いる。もしかしたら最初から彼らはいたのかもしれない、僕はフレイしか見えてなかったのかもしれない、彼女と話したことは全て幻想だったのかもしれない、とキラは思ったがどうでもよかった。生温い空気も心地よい。これが盲目の恋!なんて素敵な満ち足りた世界!