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迂遠かつ難解

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迂遠かつ難解


 うららかな午後のことだった。あさからふらりと姿を消していたアルケミストが、なにやら荷物を抱えて帰ってきた。今朝からどこへなんだそれはとまとわりつくソードマンをなだめると、袋の中から何かを取り出しす。そしてそれを、手ずから身につけさせた。さらには、めったに見せないようなさわやかな笑顔を浮かべ、似合うぞと、簡潔に褒めさえもした。
 え? と。最初こそ、ありがとうと笑顔になりかけたソードマンだったが、首につけられたそれに触れたところで、眉を寄せる。そして出てきたのは。
「……なにこれ」
 低い声の一言だった。
「結婚首輪(給料三カ月分)だが不満か?」
 そのさまに対し、どうでもよさそうな表情でアルケミストは答えを提示する。おそらく本人的には、懇切丁寧に解説をしてやったつもりだろう。
「えっ……」
 そんな彼の答えに、ソードマンは息をのんだ。そして、頬に手を添え、そんな嘘みたいうれしいと可愛らしくつぶやいてみせたあと(この場合、彼の性別と年齢体格容姿等はわきにおいておくべき事柄である)、きっと表情を変化させ顔をあげた。
「ってなるか馬鹿! そもそもなんで首輪なんだよ」
「オマエのような粗忽者に指輪なんぞ渡してもなくすだけだろうが」
 当然とも言える抗議を、アルケミストはこちらもまた当然だという口調で切り捨てる。ある種とりつくしまもない彼の表情におくすることなく、ソードマンはさらに抗議を重ねた。
「なくさないって! つかこれどーみてもただのプレイだから」
「ああ、離れて歩け。おれまで変態と一緒にされる」
「死ねこのクソヲタ」
 自らが渡したものであることを忘れてしまったかのようなアルケミストの言葉に、ソードマンの口から罵声があふれた。持ってきたのはアンタだろうがとか、変態はそっちだとか、彼なりのバリエーションが奔流のようにほとばしる。
 これがアルケミストであれば、悪口雑言のバリエーションはもっと多岐にわたっただろうし、時間もこの程度ではすまなかっただろう。だが、ソードマンであれば、ほんのしばらくが限界だ。言いたいことを言い尽くし、肩で息をする相手に対し、アルケミストはもっともらしい表情で頷いた。そして。
「つまりオマエは、指輪であれば受け取って大切にするということだな」
「……えっ」
 アルケミストの確認に、ソードマンは虚をつかれた表情で言葉をなくした。そのまま顔が上気する。こくりとのどが動いた。
 いやその、それは、もらったものは大事にしなくちゃだし、でも別にそんな指輪とか欲しいとか思ってるわけじゃないけどでもくれるなら。ほんの少し顔に朱がさした状態で、ソードマンはアルケミストから目をそらす。そして、ぶつぶつといいわけめいた言葉を途切れ途切れに口にした。
「あ……」
 面白そうな笑みを口元に蓄え、アルケミストはソードマンの喉元にゆびさきを伸ばした。そして、するりと首輪を外す。
「え? ……おれにじゃなかったのかよ、それ」
 当たり前みたいな彼の動作に、ソードマンは目を見開いた。そして、欲しくないけどと言いながらも、眉を寄せる。
「そんなわけがあるか」
 交易所にこの前から並び始めただろう、これは狼の新しい防具だ、と。あっさり言い捨てて、アルケミストはくるりときびすを返した。
「ハァ?」
 一拍遅れて、ソードマンの顔に理解の色が広がった。そして。
「やっぱ死ねこの根性悪」
 その言葉を背に、アルケミストは宿の裏の家畜小屋へと去っていった。

*

 しばらくの後、アルケミストは予告通りソードマンに新しい指輪を手渡した。え? ホントにとか、これってとか、いろいろと意識した表情でおそるおそるそれを受け取るソードマンに対し、アルケミストはあっさりと頷く。
「ギルド内で最後のようだが、それで少しは固まったきり動けなくなることも減るだろう」
「……はい?」
 石像の指輪だがなんだと思ったんだ? と。明らかにわかっている表情で、アルケミストは首をかしげる。そして、この前よりも少しばかり長く続く罵声を、耳に人差し指をつっこむことで受け流した。
 一段落ついたところで、彼は口を開いた。
「指輪ならば贈りあうのが基本だろう」
 しばらくソードマンは考えこんだ。そして。
「じゃあさ、おれが用意したらアンタ受け取ってくれんの?」
 そんで、おれにもくれる? と。それに対し、アルケミストはただ、さあなとだけ言った。

Fin.


作品名:迂遠かつ難解 作家名:東明