何よりも、誰よりも
「……は?」
口元まで持っていったハンバーガーを無意識に包みに戻して、トムは頬張るために開けた口から間の抜けた音を発した。
ロッテリアとマクドナルドの二択をあげてマックを選んだ静雄は、トムの目の前でキュイキュイとシェイクを吸い上げている。日によっては雪の降るこの季節、そんなに冷たい物を飲んで寒くはないのかと思ったけれど、店内が暖かいせいか静雄は気にした様子もなく、今日はストロベリーを選んでいた。
他愛もない会話を交わしながら、トムもコーヒーを飲んでハンバーガーを頬張る。
いつも通りの時間。
けれどそれは唐突に、小さな非日常を連れてきた。
突然静雄にかかってきた、幽からの電話。
トムに断りを入れ、携帯を耳に当てながら静雄が店を出て行ったのは数分前のことだった。
静雄と仕事を初めて1年近く経つけれど、トムの知る限り、休憩中にも仕事中にも幽から電話がかかってきたことは一度もない。忙しい身である幽がメールではなくわざわざ電話をしてきたということは、おそらく大事な、それも急ぎの用なのだろう。
まさか、何か良くない知らせだろうか。
そう不安になりかけたけれど、戻って来た静雄の顔はとても嬉しそうで、トムは内心でほっと胸を撫で下ろした。
何か良い知らせがあったのだろう。そう容易に確信出来るその表情に、こちらまでつられて頬が緩む。
すみません抜けちまって、と申し訳なさそうに言いながら席に着いた静雄に首を振って、トムは何か良い知らせだったのかと笑いかけた。
けれど。
「あー……っと、ですね」
静雄は言いにくそうに一瞬視線を彷徨わせ、何気なくシェイクを手に取りながらトムの知らない事実を口にした。
曰くーー「実は今日、誕生日でして」。
そしてトムは間抜けな返しをする羽目となる。
「……は?」
ぽかんと呆けたトムは、上手く回らない頭で答えのわかりきった問いを発した。
「誕生日? 誰の?」
「……俺の……。それで、プレゼント贈ったっつって」
わざわざおめでとう言う為に掛けてきてくれたらしくて……とはにかんだ静雄の言葉に、トムはようやく理解が追いつきぎょっと目を見開く。
――今日が、なんだって?
「……は!? おまえ誕生日なの!?」
驚いてその顔をまじまじと見つめると、静雄は躊躇いがちに小さく頷きを返した。その申し訳なさそうな様子に、聞いてねえ! という叫びをすんでのところで飲み込んで、トムはがしがしと頭を掻く。
「まじかよ……」
「すんません……」
「いや、お前は悪かねーよ。悪かねーけどさー……あー……ごめんな、俺なんもなくて」
知ってたら色々用意したんだけどなぁと思いながら申し訳なく言うと、静雄はトムの言葉にぶんぶんと首を振った。
「いいっすよそんなん……!」
「良いわけねーだろ。……よし。とりあえず今日は露西亜寿司行くべ」
トムさんが奢っちゃる。そう言った瞬間、えっ!? と静雄が驚いて声を上げる。
「あ、悪い、なんか予定あったか」
「いや、何もねえっすけど……」
一瞬、先程の幽からの電話が今夜の誘いだったかと思ったけれど、そうではないらしい。かぶりを振った静雄にトムは小さく安堵して、それからにっと口の端をあげた。
「んじゃ、決まりだな。ケーキは帰りに買ってウチで食おうぜ。どうせ明日休みなんだし、今日は泊まってけ」
な? と笑うトムの提案に、それでも静雄は躊躇いを見せる。
「……いいんすか? そんな……」
「ったりめーだろ! つーか俺がしてえの!」
祝い事なら、自分に出来る精一杯で祝ってやりたい。喜ばせてやりたいと思う。
それが好きな相手なら、大切な相手なら、なおのことだ。
けれどももともと、静雄は誰かに祝ってもらう事に慣れていないのだろう。嬉しさよりも戸惑いが大きそうなその様子に、トムは顔を寄せると静雄にだけ聞こえる声で小さく言い聞かせた。
「好きなやつの誕生日なんて、めちゃくちゃ祝いてえに決まってんだろ!」
「っ……トムさん!」
ぶわっと真っ赤になった顔でわたわたと慌てる静雄に、トムはにやりと冗談めかして続ける。
「ま、そーいうこった。プレゼントは今度の休みにでも一緒に探すとして……っと。一番大事なこと言いそびれるとこだったな。……静雄」
「なっ……なんすか」
おそるおそる、といった様子で赤くなったままトムを見る静雄に、トムはくしゃりと笑ってその言葉を口にする。
「誕生日、おめでとう」
その瞬間、静雄は驚いたように目を見開いて、それから赤らめた顔で口籠った。
「あ……ありがとうございます……」
「おう! っし、んじゃとっととノルマ終わらせて、誕生日祝おうな」
「……っす」
くしゃくしゃと静雄の頭を掻きまわしながらトムが笑うと、静雄はようやく嬉しそうに、照れたような笑顔を返した。
戸惑いながらも、トムの言葉を喜ぶ静雄の様子が、可愛くてたまらなくなる。
今日は金曜だから、露西亜寿司は予約を入れておいた方がいいだろうか。あとで上手いケーキの店を事務の女の子たちに聞いておこう。静雄はこの前何を欲しいと言っていたんだっけか。そういえば、幽のやつは何を贈ったんだろう。
既に頭の中を静雄の誕生日祝いでいっぱいにしながら、トムは内心で幽にも感謝していた。幽からの電話がなければ、知らないままに今日が終わっていたかもしれない。
けれども同時に、先におめでとうを言われてしまった悔しさもやっぱりあって。
「来年は、カウントダウンからやろうな」
「……え!?」
トムは大人げない自分に苦笑しながらも、来年こそは一番におめでとうを言ってやろうと密かに心に決めた。