普通じゃつまんない
放課後を青春に注ぎ込む少年少女の軽やかな流れに逆らいながら、竜ヶ峰帝人は自宅へと足を速めていた。
うららかな春の日の事である。
帝人は今月の生活費の事を考えながら、店舗名のプリントされた白いビニール袋を持ち直した。ワゴンセールで投げ売りされていた日用品を買い込んだ為、当初の予定よりも随分と大荷物となっていた。
今日の最終授業で行われた体育での持久走が、帝人の足に多大なダメージを与えていた。疲弊を訴える足を騙しながら、休憩できる場所を探して視線を巡らせる。
学生の落ち着いた色の制服とサラリーマンの沈んだ色のスーツ、はしゃぐ男女のカラフルな私服、色彩で溢れたその空間で、頭から足の先まで黒い男に帝人は目を止めた。
白い画用紙に絵具箱の色を全部置いて、それを誰かが意図的に一ヵ所だけ焼いたみたいなぽっかりとした違和感。
折原臨也が植え込みの縁に座って通り過ぎる群衆を眺めていた。
彼は池袋に来て大丈夫なのだろうかと帝人は思わず後ろを振り向いて、どこかから自販機やコンビニのゴミ箱が降ってこないか辺りを確認する。
人々はそれぞれの目的の為に流れ、空に浮かぶ雲は緩やかに風を纏い、やはり穏やかな正午である。
帝人がほっとして向き直ると、池袋の自動喧嘩人形ホイホイが笑顔でこちらに手招きをしていた。
「こんにちは」
「やあ、偶然だね」
完璧なまでの笑みでもって迎える臨也に、帝人はこの人なら偶然でなくても今と寸分違わない笑顔と仕草で返すのだろうなと思う。
「まあ、座りなよ」
「はあ…」
臨也は自分の隣を手で示して見せた。
「あの、何してるんですか?」
「見てたの」
「何をですか?」
帝人は臨也の視線を追った。
大きな店が点在しているせいか、交通量は他と比べ多く感じた。交差点が近くにあるのもその要因の一つかもしれないが。
「カップルってさ、合わせて100点がベストだっていうでしょ」
何を言い出すのだこの人はと、もし口以外で喋ることができたら、そう言っていたであろう眼で、帝人は臨也を見た。
「50点の男には50点の女。20点の男には80点の女」
「……」
「美男美女のカップルなんて」
眼の前を通りすぎる見目麗しい男女の二人連れを目で追いかけながら、臨也は独り語散るように言った。
「見てて腹が立つよね」
あなたがそれをいいますか、と帝人は臨也の様子を伺う。
どうしちゃったんだろうこの人は。引く手数多の容姿をしているし、女性の好きそうなミステリアスで生活感を感じさせない雰囲気を持っているというのに。何か過去にトラウマとかあるんだろうか。…しかし20点の男に80点の女というのは逆に妬ましいのではないだろうか。
臨也と帝人の目の前を何組ものカップルが通りすぎて行く。
怪しい年齢差を感じさせるようなものから、学生同士のもしかしたら未満かもしれない男女、寄り添って歩く恋人たち。
「俺なんてまだ手もつないだことないのに」
「はい?」
「こっちの話」
さわやかな笑みで答えてから、臨也は恨めしそうな顔で仲睦まじいを通りこして公という文字を辞書で引くように云いたくなるカップルを見ていた。
男の大きな手が、女の肩から背中をなぞりその下をなでるのを見て、帝人は慌てて二人を目で追うのを止める。
「君もそう思うだろ?」
「え…、どう、でしょう」
帝人はいきなり話を振られ思わす体を引いて、臨也の尋常じゃない禍々しい気から体を遠ざけようとする。
「そうだよ。顔の良い男に顔の好い女が付くなんて予定調和すぎるよ。男と女なんて、日常だろう?」
「はあ」
「だってさ、帝人君」
ぐっと身を乗り出して、臨也は帝人の瞳を覗きこんだ。
「それじゃつまんないでしょ」
そう言って臨也は帝人を頭からつま先まで一通り眺め、その肩を抱き寄せると、
「いい男にいい女なんて、ね」
と言って意味ありげ笑った。