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百合の咲く場所で (Beautiful Dreamer)

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閉じたまぶたにあたたかな光を感じて俺は誘われるように目を覚ました。
やさしい風が前髪を煽った。

木漏れ日のまぶしさに目を細める。
その向こうに透き通るような青い空。

そして。

俺を見下ろす少年。
幼さを残した白い頬、やわらかそうなミルクティー色のくせっ毛、薄紫の大きな瞳。

午睡から起きたばかりのぼんやりとした思考では、ここがどこで自分が何をしていたのかも思い出せないのに、なつかしくて泣きたくなった。

丘を撫でるように遠くから風が吹いている。

「目が覚めた?兄さん」

少年の膝の上に頭を預けて眠っていたらしい。

手のひらを視界で広げてみる。

染みひとつない白い衣装。
皇帝だけのために用意された衣服だ。

思い出した。
俺は。

風にそよぐ草の音。木々の葉のこすれる音。
時々小鳥の鳴く声。
とても静かだ。ここはどこだろう。

「お前は全てを知っても俺を兄と呼んでくれるのか?」

ロロ。
ゆっくりと見上げると、ロロは少し困ったように笑いながら、俺の黒い髪を撫でた。


「だって…兄さんは兄さんだもの」

ロロもまた白い衣服に身をつつんでいた。
その意匠はどことなく皇帝服に近い。

ここはどこだろう?
子供の頃を過ごした宮殿の庭に似ているが。

どこかの皇族の持ち物だろうか?

だがそれらのほとんどは俺の手で破壊してしまったのに。

自分がしたことは全て覚えている。
その罪こそが自分そのものだとも言えたから。

まさか寝ぼけているんだろうか?
そっと腹部に手をやった。
何度か深く呼吸をしてみる。
あたたかい。
ロロがその手にそっと手を重ねてきた。
細い指。
こんな小さな手で俺を守ってくれたのか。

木漏れ日の中でいくつかの記憶が揺れては消える。

どれくらいここで眠っていたんだろう。

「兄さん」

ロロが囁く。
優しい声で、そう呼ばれるのがたしかに俺は好きだった。


「もしも生まれ変わってもまた僕の兄さんになってくれる?」

戯れのような口調で微笑む。
学園で過ごした日々の中で、いつだったか同じ質問をされたことがあったような気がした。

あの時の自分はそれまでの記憶をなくしていたのだけれど。


「ああ、そうだな…今度は偽りでなく本当の兄弟に」

自然とそう思えた。
こんな平和な光景の中でとても自然に。

「僕にとってはいつだってほんものの兄さんだったよ」

弟の笑顔に曇りはない。
そうだった。
その想いを疑っていたのはいつも自分ばかりで、ロロの中には真実しか存在しなかったのだ。
記憶を取り戻して、あの一年の何もかもが偽りだったのかと絶望していたのは自分の方だった。


「ロロ…ありがとう」

そういえばそんな言葉をかけることはついになかったことを思い出して。
どれほどの罪を犯しても、許されたいと思ったことは一度もなかった。
最愛の実の妹に憎しみの言葉を投げつけられても、けして。
それはこの弟が最後まで自分を信じてくれたから、かもしれない。


起き上がって、そのやわらかな頬を手のひらで包んだ。
純粋すぎる俺の弟。
少し緊張したように細い肩をすくめる。
額を合わせて距離がゼロになると、とまどうようにまつげが揺れるのがわかる。

「兄さん」

風に消えそうなその言葉を逃さないように唇でふさいだ。
やわらかな感触を確かめてからそっと離れる。

ロロと初めて会った時のことが思い出せない。
記憶を操作されていたせいで、どれが一番初めの記憶なのか、渾然としてはっきりしないことが悔しい。

おそらく、弟が一人でしばらく本国に戻りエリア11に帰って来たのを学園のクラブハウスで迎えたのが初めての出会いだったと思うのだが。

『ただいま、兄さん』

どこかぎこちないような初々しさがあって、だけど俺にはそれがたまらない程に可愛らしく見えて、記憶を操作されていようといまいと、目の前に現れた弟にきっとあの瞬間に。
恋に落ちて、好きになった。
たぶん。

きっとどこで出会ったとしても。

また次にどこで会ったとしても。

「大好きだよ、兄さん」

ロロの淡い紫色の瞳。

薄紅色の幼い唇。

なだめるように弟は俺の腕に触れ、俺は再びその膝を枕に横になった。

やさしい光が空から降り注ぎ、まるでここは楽園のように静かだ。

「もう少し眠っていて。
夢から目が覚めても僕はここにいる。
ずっと兄さんのそばにいるよ」

優しい声で弟が告げる。

ギアスの赤い鳥の光で結ばれている。
行く場所は同じだ。


「おやすみなさい、兄さん」

俺はそっと眼を閉じた。
また目覚めた時に始まる世界を信じて。