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ハッピー・ホリデー

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カーテンを開け放った窓から、陽の光が部屋いっぱいに雨のように降りそそいでいた。
潮の香りをすこし含んだやわらかい風が窓から入ってきて、カーテンレースと綱海の髪をふわりと揺らす。
窓は半分も開けていなかったので、すべて開ければ心地よい風が外の陽気な空気を運んできてくれるだろう。だが綱海がそうしなかったのは、そうできない理由があったからだ。
理由――綱海は窓に向けていた視線をずっと下の方、自分の膝にやる。そこには、綱海の膝を枕に雑誌を読みふける風丸がいた。
もうかれこれ三十分ほどこの状態であることを、綱海は部屋に備えつけられた壁掛時計の針の動きで知る。
たった三十分のことであるが、三十秒でだってじっとすることのできない性分の綱海には永遠かと思えるほどの長い時間だった。

(なんで、こんなことになってんだ?)

今日の練習は午前中までで、午後からは休息という名目の自由時間を与えられた。皆、街へ観光や買い物へ行ったり、海へ泳ぎに、庭で昼寝したりと思い思いに出かけた。綱海は波に乗ってこようかと最初は考えていたが、窓から覗くあまりに素晴らしい天気を目にして、それを止めることにした。
こんな気持ちの良い日は、恋人と過ごすのに限る。
そう思って、恋人――風丸の部屋を訪ねれば、彼はベッドを椅子代わりに座って雑誌を読んでいた。
天気も良いのになに部屋に引き込もってんだよ。一緒に出かけようぜ!そう呼びかけてみたが、風丸はそれには返事をせずに綱海を手招きで部屋の中へと誘った。綱海がベッド脇までやって来ると、風丸は次に自分の隣を指し示した。綱海は誘われるままに風丸の隣に腰かける。ベッドが二人分の重みで更に沈むと、風丸は体を横にして綱海に膝枕をさせる形になった。

そして、今に至る。
(……暇だ)
膝上の恋人は雑誌に夢中になっているのか、会話すらろくにない。穏やかな陽気に身を任せて昼寝しようにも、この体勢ではそれも叶わない。
「なー、風丸。ちょっと足痺れてきたんだけど」
この程度で弱音を吐くような鍛え方はしていない。この状況が打破できればと願った悪知恵だったが、それに気づいたのかそうではないのか、風丸の返事はひどく素っ気ないものだった。
「我慢しろ」
(こいつは王様か!)
願いをこめた星は輝きをなくして颯爽と流れていってしまった。いっそ実力行使して無理矢理立ち上がればあっという間に解放されるのだが、その後のことを考えると怖くて実行できなかった。
「さっきからなに読んでんだ?」
風丸は雑誌をすこしだけ傾けて表紙を綱海に見せた。色鮮やかな海と空と花で飾られた表紙には、『ライオコット島観光ガイドブック』と大きく書かれている。風丸の手元を覗きこむと、ちょうどグルメ紹介のページなのか食べ物の写真がページいっぱいに埋まっていた。

「美味そうだな」
「そうだな」
「いまから食べに行かねぇか?」
「さっき昼飯食べたばっかだろ」

またしてもにべも無く撃ち落とされる。
(せっかくこんなに天気がいい日だってのに)
(もったいねぇ!)
ずっとこうやって部屋にこもっていると、外の陽気に反比例して陰気になってしまいそうだった。
いっそ一人で出かけ、太陽の下で手足をいっぱいに伸ばすこともできたが、今日は風丸と一緒に過ごすことが一番の綱海にとってそれはなんの意味もなかった。

「いい天気だな」
「そうだな」
「外、気持ち良さそうだな」
「そうだな」
「一緒に出かけねぇか?」
「出かけない」

綱海は天井を仰いで音にならない叫びをあげた。風丸はお構いなしに雑誌を読んでいる。
「ずっとこのままだと暇で仕方ねぇんだけど」
「しりとりでもするか?」
そういう問題ではない。
「風丸は俺よりもガイドブックを読む方が大切なのか?」
「綱海の方が大切だよ」
だが視線は相変わらず綱海に向けられない。綱海は横顔の恋人を眺め、小さく嘆息した。
「オレ、ちょっと喉渇いたからジュース買ってくるわ」
これは本当だった。だが、風丸は頑なに膝から頭を動かそうとしない。
「風丸さーん。ジュース買いに行きたいから、のいてくれませんか?」
おどけて下手に出てみたが、風丸の態度は変わらなかった。
「我慢しろ」
さっきからずっと我慢しているのはこちらばかりである。綱海は自分がまったく尊重されていないこの状況が理不尽なものに思えてきて、面白くなかった。意趣返しに風丸の手から雑誌を取り上げると、下からすこし怒ったような顔で睨まれた。ざまあみろ。
「なにすんだよ、返せって」
手を高く上げることで距離を引き離されてしまったた雑誌に奪い返そうと、ようやく風丸は綱海の膝から頭を上げた。
ベットの上に膝立ちになった風丸は手を伸ばすが、綱海も奪われまいと風丸の手から逃げる。ベットの上で暴れる二人に鼓動するようにベットが軋んだ音をたてた。
結果、もつれるようにして二人そろってベットの上に倒れこんでしまう。綱海を下敷きにした風丸は暴れ疲れたのか、綱海の胸に顔を埋めたまま動かない。
「風丸、ちょっと重い…」
風丸は綱海の訴えを無視して動かない。それどころか、離さないと言わんばかりに綱海の服をつかんできた。その姿はまるで拗ねて駄々をこねる子どもそのものである。
(……かわいい)
不覚にもそうと思ってしまった綱海は、されるがままになった。
(オレも大概甘いよな……)
目のすぐ先にある青に手を伸ばす。指先だけで掬って放すと、さらさらと砂のように青が舞った。
自分のそれとはまったく異なるやわらかな髪質が不思議で、何度も掬ったり放したり撫でたりして触れる。
微動だにしない風丸は寝てしまったのか、確かめようと名前を呼ぼうと綱海が口を開くよりも先に、風丸の口が開いた。

「今日の午後はせっかくの休みだから、お前と一緒に過ごしたかったんだ」
「うん」
「でも、外だとこんなことできないし、手も繋げないだろ」
「うん」
「今日は綱海に、触りたかったんだ」
「……あのさ、」
「……なに?」
「そういうのって、赤面せずにちゃんとこっちの顔見て言ったらかっこいいんじゃねぇの?」

いまだ綱海の胸に顔を埋めてる風丸の青髪からのぞく耳はひどく真っ赤だった。
たっぷりと時間を置いてようやく上げられた顔もまだ赤く染まっていて、悔しさと恥ずかしさがないまぜになって複雑になった表情で綱海を恨めしそうに睨みつけていた。
「そっちこそ顔、赤いぞ」
「誰のせいだと思ってんだよ」
頬だけでなく顔いっぱいに熱が走っているので、鏡を見なくても自分の顔が情けないほど赤くなっていることを綱海は知ってしまった。
(こんな顔、あんまり見られたくねぇな)
風丸もそう思ったのか、目を閉じた。と、思ったらゆっくりと綱海の顔に近づいていく。後頭部で結わえられた青が揺れて、綱海に降りそそぐ。
窓から差し込む柔らかな光が青を彩って、波打ち際のように青がきらきらと輝いた。(綺麗だな)もうすこしそれを見ていたいなと、すこしの心残りを胸に、綱海も目を閉じた。
作品名:ハッピー・ホリデー 作家名:マチ子