無温のキス
液晶の画面には、そんな文字が浮かんでいた。
「……スガタ」
溜め息混じりの声を掛けると、ガラス越しにスガタがにっこり笑った。そして念押しするように、握り締めるケータイを、スガタはガラスに押し付ける。
「いや、そんな近付けなくても見えますって…てか、普通に喋ったらどうなの」
普通に聞こえてるでしょ、とスガタの耳を指差して見せると、スガタはケータイを手元へ引っ込めた。
やっと口を開く気になったかと見ていると、スガタは返す手でまたケータイの液晶を見せてくる。
『この方が、ロマンティックじゃない?』
…呆れるよりももう、むしろ僕は感心した。一体何に触発されたのか。僕の後ろの席のミセスワタナベか。もしくは意外とスガタはミーハーなのか……
スガタはまたにこりと笑って、引っ込めたケータイに新しい文字を浮かべて見せた。
『ガラス越しのキス、しようよ』
突然のケータイの着信音。
スガタの目線に促され開いて見ると、僕の液晶画面にも同じ文字が踊っていた。言葉と違って流れない消えないだけに、文字の圧力は強い。液晶から顔を上げると、スガタと目が合う。僕は視線を絡めたまま、指先の感覚だけでスガタに返信してみせた。
ヴ…。スガタのケータイが振動する。『ガラス越しの――……文字が、メールの受信画面に掻き消されて消える。
スガタの視線が脇へ逸れて、僕はその隙にガラスへ手を付いた。メールを読み終えたらしいスガタが薄く笑って、僕へ視線を戻す。僕はメールを読み上げるように囁いた。
「…『口で、言って』?」
「………タクト」
ガラス越しに指と指が重なった。床に無造作にうち捨てられた、スガタのケータイを視界の隅に捉える。「ガラス越しのキス、しようよ」
本当は好きだって言って欲しかったんだけど。僕の呟きは、ガラス越しなら聞こえないはずだ。