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沁(しみる)
沁(しみる)
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春雨

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今日は夜に掛けて雨が降り出します。気温も下がりますので、傘を忘れずに暖かくしてお出かけください。そんなことをブラウン管越しの男に語りかけられていたことなんて性格悪い上司に一日こき使われた後にはすっきりさっぱり忘れてしまっている訳で、妙に蒸し暑くいやに汗くさい電車から吐き出されるように降り、改札を抜け、入れ違う人の手元に目が止まり、あれ、傘だ、濡れてる?と認識し空を仰いだ時漸く今朝のあれを思い出し、その上いつも携帯しているのに今日に限って自宅に置いてきた折り畳み傘の存在とそのタイミングの悪さに溜息が零れた。
近くの店ででも時間を潰していても良かったけど、きっと今頃台所でお腹を空かせて待っている黄色い二匹の顔が思い浮かぶ。
しょうがないな、濡れて帰ろう。そんなに強くないし。誰にでもなく小さく呟いて、そのまままた歩きだす。水溜まりが軽い音を立てて飛沫した。

ここ数日の間は寒暖の差が激しい。
それが巷で噂の異常気象のせいなのか冬から春への季節の変わり目だからかはよく分からないけどなんとなく体調が芳しくない。歳取ったからかな。あー、やだやだ。
十字路で信号の色が変わるのを待つ。降り出してから大分時間が経っているのか、車が行き交うアスファルトはしっとりと濡れている。点々と帰路を照らす街灯、道路の端に停められた車の橙色したウインカーのライト、それらが滲み、長く長く伸びて反射している。橙がゆっくりと点滅をしている。
雨の中を行く時、濡れないように小走りで行こうが歩こうが濡れる度合いは変わらないんだとか。
(ほんとかな?)
そんなことをぼんやりとしていると、ふと雨が止んだ。落とされる影。耳に残る、声変わり前のそれ。


「なに、やってんの」


「…あれ、レン」


「迎えにきた訳じゃないからな、たまたまだから」


しょうがないから入れてやるよほら。と、遠慮なく傘を押し付ける。あいたたたぐりぐりされてちょっと痛い。ふと持ち手の色に違和感を覚えて傘の柄を見上げれば、私の使っている花柄ではないですかこれは。
彼位の年頃の男の子なら、普通変に嫌がってこんな傘なんて持ちたがらないだろうに、
(…わざわざ、私の為に?)


「確かミクがこんなような曲、歌ってるよね」


「なんでミク姉の話になんだよ」


「なーにツンデレちゃってんのよ」


「ツンデレてなんてねえもん」


「はいはい、ありがとね」


「…ん」




春雨
(恋に落ちる音は、聞こえましたか?)

作品名:春雨 作家名:沁(しみる)