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貴方と君と、ときどきうさぎ

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「好きな男がいるくせにキスしたんだ、唇と唇を合わせて」
僕を撫でてくれていた手が動き、人差し指が唇に触れた。
「ち、違います!!今回は本当に僕だって戸惑っているんです!キスをしないで
変身したのは本当に初めての事で…!」
「ふーん。俺には言えない相手なんだ」
疑いが含まれている視線。なんだか空気がぴりぴりしている。
ひょっとして臨也さん怒ってる?どうして?
「だから…!本当にキスはしていないんです!!」
なんで僕、こんなに必死に言い訳しているんだろう。
「でもファーストキスの相手は紀田君だし」
「小さい頃の話ですよ?カウントになりませんよ」
ファーストキスの相手までなぜ知っている、と思ったけれど臨也さん相手に
今更驚く事でもないか。
「妬けるね」
低く発せられた声に心臓が飛び跳ねた。だって、臨也さん不機嫌そうに、口にするから。
そんな顔されたら困る。卑怯だ。すると臨也さんは戸惑っている僕を抱き上げた。
「臨也さん?」
端正な顔立ちが近づいてきて、ちゅ、と落されたのは口付け。
「!!!!!!」
「なんだ、キスしても人間には戻らないのか」
何、この人今何した?
キスした?僕に、僕にキスした?臨也さんからうさぎの僕に?
「あははっうさぎになってもそんな風に驚くんだね」
臨也さんは呆然として固まっている僕をクスクスと笑って見ているだけだ。
「とりあえずさ人間に戻ってくれない?」
「も、戻りますから放して下さい!い、臨也さんの前で戻れるわけないでしょう!?」
我に返り胸の中でじたばたと暴れるがなかなかその腕を緩めてはくれない。
そうだ、この人にとってキスなんて大したことない行為なんだっなに動揺
しているんだ僕は!
「全裸になるくらい男同士なんだから気にしなくていいのに」
「僕が気にするんです!!」
「ええー太郎さんってば恥かしがり屋さんなんだからっ」
「もう!ふざけないでください!」
「それに君まだ俺の返事聞いてもいないのに全力疾走とかないでしょ」
ギクリ、とした。突然ふられたその話題に。臨也さんは顔色一つ変えずに
さらりと口にした。
「い、今はその話し関係ないですよね」
「どうして。俺は君が好きだよ」
人間としてでしょ。
「─…ありがとうございます、お世辞でも嬉しいです」
「違う、そうじゃない。君に向ける感情は─」
「知っています」
僕は臨也さんの言葉を遮った。
「帝人君、ちゃんと俺の話を聞いて」
「聞いていますよ。ちゃんとわかっています。貴方が僕を恋愛対象としてみることはないって。臨也さんの好きは僕の好きとは違います。でも嬉しかったのは本当ですよ。…ナンバーワンって言葉。臨也さんの『今』は僕が一番だって」
でもそれはきっとすぐにひっくり返るだろう。臨也さんは楽しんでいるだけなのだ。
ダラーズの創始者である自分に興味を示しているだけなんだ。それでも、それでも
一緒にいられる時間が嬉しくてこの人の膝の上から降りたくはなかった。
僕の事を探してくれている。僕の情報を集めようとしていたこの人が、
堪らなく愛おしくて。僕はここにいるよ!と言いたかったけれど、
うさぎの姿で甘えたかった。口では構ってやるかと鬱陶しそうに
僕を見たが強引に膝から退かす事はしなかったしその手は優しく撫でてくれた。
「いいや君はなにもわかっていない!」
苛立ったように吐き捨てられた言葉にビクリと身体が震える。
臨也さんは僕を胸の中に抱しめた。驚くほど彼の心臓がドキドキと高鳴っている。
僕は頭を上げて臨也さんを見た。赤い瞳が僕を見ている。
「君が俺を信用できないのはわかってる、自分の性格と日頃の行いに関しては
理解しているし」
「…、臨也さんと一緒に出かけられなくなるのは寂しいですけど、楽しかったです」
「は?何勝手に終止符打ってるわけ」
臨也さんは不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「だって僕はあなたが興味を示さない人外ですよ?喋るうさぎなんて
気持ち悪いでしょう」
「だから?」
「え?」
「俺が好きなのは竜ヶ峰帝人君であって君がうさぎであろうがなかろうが
そんな事はどうでもいい」
「え、あの」
今さらりととんでもない事を口にしなかったか?
「うさぎに変身してしまう人間。それだけの事でしょ」
それだけ?それだけで片付けた?
僕が散々悩んで悩んで必死に隠してきて暴露したこの秘密を。
「だからさ俺達は両想いなの。帝人君は素直にありのまま俺に愛を向けていればいいの」
す、と赤い瞳が細められて臨也さんは真面目な顔で言った。
「だから俺の恋人になって」
「嘘です!」
「なんで嘘つかなきゃいけないんだよ」
「だって!ありえない!」
喜んじゃ駄目だ。この人は、この人は僕の反応を確かめて観察しているだけなんだ!
「ありえないって事がありえない」
「屁理屈言わないで下さい!」
「だって好きになっちゃったんだもん!!俺は君を逃がすつもりないよ。
他の奴に譲るつもりもない」
「な…なんっ…」
いい大人がもんって付けるな。不覚にも可愛いとか思っちゃったじゃないか!
ああ違う、重要なのはそこじゃない。好きって、好きってはっきり言われた。
どうしよう、どうしよう…!すごく嬉しい。でも…だけど……
黙ってしまった僕に臨也さんが口を開きかけた時、玄関で人の入ってくる気配を感じた。
「ああもうそんな時間か」
「…ま、まさか」
「おはようございます」
姿を現したのは矢霧波江さんだ。
「ああ、おはよう。波江さん」
臨也さんは今までの口論が嘘だったようにいつもの笑顔で挨拶を交わしている。
しまった、今日は平日なんだ!もう矢霧さんが来る時間なんだ!!慌てて臨也さんの
胸の中から逃げようとしたががっちりと抱きかかえられて逃げられない。
「今竜ヶ峰帝人の声が聞こえたと思ったんだけど?」
「ああ、電話で話していたんだ。声聞こえるようにしていたからさ」
嘘つき!嘘つき!!
「あら、見つかったのあの子」
「ああ。無事にね」
ぎゅ、っと臨也さんの腕に力が込められた。
「そう。…それが例のうさぎ?」
ちらりと矢霧さんの視線が僕に向けられる。
「可愛いでしょ。今日から俺の家族になったんだ」
い、臨也さん!!?あ、ちょ、頬擦りやめっ…臨也さん頬すべすべ…じゃなくて!!
「ほら、買ってきてやったわよ。餌。ケージは明後日には届く予定だから」
ケージ!?餌!?そんなものまでいつの間に準備していたんだ!
「ありがとう波江さん。さあってと、ちょっと待っててね」
臨也さんは僕を床に降ろすと彼女からポリ袋を受け取った。
そのまま矢霧さんは自分のデスクに着いてパソコンを立ち上げている。
「それ本当に飼うつもり?事務所がうさぎ臭くなるのは嫌よ」
「ああ大丈夫大丈夫。時々しかここには連れてこないつもりだしこの子は
好奇心は旺盛だけどとても賢い子だから。はーいご飯の時間だよーお腹空いたでしょ」
鼻歌交じりに何を準備していたかと思えば爽やか笑顔全開で
ラビットフードが目の前に置かれた。嫌がらせだ。絶対嫌がらせだ。
何が楽しいんだこの人!いくら今はうさぎでも食べれるか!!
「あれれー?食欲ないのかなあ、それとも草の方がよかったのかな、帝人君は」
矢霧さんが憐れむような物を見る視線を臨也さんに向けている。