僕らは嘘で出来ている
「人間という生き物は皆偽善者だ」
もう既に夏だと言うのに季節外れな漆黒のファーコートを纏った赤目の男――臨也は、にんまりと口許に緩やかな弧を描きながら、歌うように、酷く楽しげに言葉を紡ぐ。
「そうなると、貴方が愛する人間は全て偽善者という事になりますね」
楽しげな臨也とは裏腹に、夏という季節に似つかわしい半袖のワイシャツに律儀にもキッチリとネクタイを締めた学生服姿の少年――帝人は、酷くつまらなさそうに一瞬だけ臨也を見遣って溜め息を吐く。
「そうだねぇ。でも、だからこそ、俺は人間が好きなんだよ」
自分と目を合わせようとしないで俯いたままの帝人の顔を覗き込むと、そんな嫌そうな顔しないでよ、傷付くなぁ、と臨也は笑う。言葉と表情が一致してませんよ、と帝人は目線だけで訴えて、再び目を反らす。
「ほんと、君は俺の事嫌いだよねぇ」
「……別に。嫌いではないですよ」
ただ、苦手なだけで。帝人の言葉に臨也はくつくつと喉を鳴らして笑うと、イクォール嫌いって事でしょ?同じじゃないか!と心底可笑しそうに帝人の耳元で囁くと、帝人がすかさず胸ポケットに準備されていたボールペンを臨也の首筋向かって振りかざそうとしたので、臨也は一瞬で少し距離を取ってから態とらしく肩をすくませる。
「酷いなぁ、ボールペンって刺さると結構痛いんだよ?」
「知ってますよ。既に実証済みですから」
帝人は心底残念そうにボールペンをくるくると指先で弄びながら臨也に淡々と言葉を返す。
「ああ。黒沼青葉?君の忠犬気取りな後輩くん」
「よくご存知で」
「あれ?驚かないんだ」
「そりゃあ、今更その程度の事で驚きませんよ。第一貴方は幾ら胡散臭くとも情報屋でしょう?寧ろ知っていて当然だと思いますが」
冷めた口調で淡々と言い切る帝人に臨也は珍しく少しばかり目を丸くして、驚いたなあ、と芝居がかった調子で言葉を続ける。
「前より君は物事を酷く客観的に捉えられるようになったんだね。客観的、というよりは残酷なまでに冷静に、かな。どちらにせよ、君は酷い子だねぇ」
「その割には随分と楽しそうですね」
「そりゃあ楽しいさ!俺が愛すべき人間のひとり、それも今最も興味を持っている君に大きな変化が起きた!歓迎すべき大惨事だよ!!!」
歓迎すべき大惨事、だなんて。とんだ矛盾思考だなあ、帝人はどうでもよさ気にそう考えて、なんて可哀相な人なんだろう、と思った。
「俺の計画は狂いまくり、でもそのお陰で益々楽しくなった!嗚呼、なのにどうしてだろうねぇ。俺の居ない間に君が変わってしまったのかと思うと酷く不快な気分だよ」
嘘吐きだなあ、と帝人は思う。酷く不快だと言いながらも臨也の瞳は恍惚と細められているし、口許は至極満悦そうに綺麗な弧を描いている。嗚呼、確かにそうだ。人は酷く嘘吐きで、人間とは皆偽善の塊だ。どうやら貴方の持論は正解のようですよ臨也さん。帝人は胸中でぼんやり零しながら、不愉快そうに臨也を見遣る。
「相変わらず分かりやすい嘘吐きますね。それも態と、ですよね」
ああ。疑問ではないですよ?確信です。帝人がキッパリそう言い切ると、臨也はゆるりと瞳を伏せて、自重気味に笑う。その仕種のひとつひとつが全て絵になってしまうのだから、美形というものは恐ろしい。例えそれが演技で嘘だったとしても、だ。
「……やっぱり君には敵わないなぁ」
「思ってないですよね」
「……本当、君って顔に似合わず毒舌だよね」
「それほどでも」
臨也は、自分は嘘ばかりを吐いている訳ではなく、時々ではあるが本心を口にする事だってあると本当は言い返したかった。だがしかし。帝人は臨也の言葉を最初から嘘だと決め付けているので、彼には何を言っても無駄なのだ。帝人にとっての臨也の言葉は嘘でしかなく、雑踏に紛れ消えていく、ノイズのひとつに過ぎない。それに律儀にも(淡々とどうでもよさ気ではあるが)返答を寄越すのは、帝人のせめてもの良心ではないかと思う。愛の反対は無関心とはよく言うが、帝人は別に無関心な訳ではない。正に帝人が渇望する"非日常"を具現化したかのようなその存在自体には確かに底知れぬ興味を抱いているのは事実であるし、"非日常"を愛する帝人にとって、"非日常"そのものである臨也は一応は愛すべきもののカテゴリーに分類されている。でも、何かが違う。
「貴方だけは愛せません」
「……突然何?」
「いえ。ただの独り言なのでお気になさらず」
「うっわぁ…。そう言われると逆にすっごく気になっちゃうんだけどなぁ。確信犯?」
確信犯は貴方でしょう、言葉を飲み込んで、青みがかった灰色の空を見上げる。今日の空の色が君の瞳に良く似てたから会いに来たよ、なんて。そんなの嘘に決まってる。嘘吐き。嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き。
嘘吐きピエロは空を見る
(本当の嘘吐きは、どちらでしょうね?)
作品名:僕らは嘘で出来ている 作家名:しずく