僕らは愛に餓えている
「貴方は、愛して欲しいんですか?」
俺は人間を愛してる、だから、人間の方も俺を愛するべきだ。臨也は赤い瞳をゆらゆらと揺らして、ぼんやり、何処を見るでも、誰に言うでもなく、言葉を零す。聞き飽きたその言葉は、帝人にしてみれば愛して欲しいと我が儘な子供のように懇願しているようにしか聞こえなくて、酷く寂し気だった。
「違うよ。俺はこんなにも愛して愛して愛を注いであげてるのに、人間の方はちっとも俺を愛してくれない。だから、」
愛して愛して俺をどうか愛して愛して愛して。呪文のようだ、と帝人は思う。自分が渇望するのは非日常、彼が渇望するのは、愛だ。ただただ純粋な、愛。彼は、臨也は、純粋に愛して欲しいだけなのだ。――その純粋すぎる渇望が歪んでしまった所為で、逆に愛してもらうどころか憎まれる事になっていると分かっているはずなのに。
「愛されたいなら大人しくしてればいいんじゃないでしょうか」
そうすれば静雄さんに殺されかける事もないし、誰かしらに恨みを買って殺されかける事もないですよ。あ。なんだか殺されかけてばっかりですねご愁傷様です。帝人は早口に無表情で言い切ると、何の感情も映さない青い瞳を細める。
「……君の真意が全く読めないんだけど。何?俺を言葉攻めして楽しいの?」
「いいえ全く。楽しさの欠片もありませんよ」
「……益々訳が分からないんだけど」
「分からなくて結構です」
人間とはなんと面倒な生き物なのだろうかと帝人は思う。感情に見返りを求められるのは人間の特権だと随分前に臨也が意気揚々と語っていた気がするが、それがどうにも帝人は腑に落ちなかった。
「俺は人間を愛してる、だからその見返りに人間の方も俺を愛するべきだと、俺はただそう述べているだけだよ?」
「……それが愛されたいって事なんじゃないですか」
「違うでしょ」
「違いませんよ。貴方は自分を愛して欲しいんです。ただただ貪欲に自分を愛せと我が儘な子供のようにせがんで、叫んで、求めて、渇望しているだけです。見返りに、だなんて尤もらしい事を言って、自分の欲を押し込めてるだけです」
愛に見返りを求めるだなんて、貴方のくだらないプライド故の言い訳ですよ。全てを見透かしたような何処までも青い大きな瞳が、臨也を見据える。青の中に映る呆然と立ち尽くす自分の姿が酷く滑稽で、臨也は笑う。くつくつと、小さく喉を鳴らして。
「……これだから君は飽きない、よねぇ」
「話、態らしく反らすのやめてもらえますか」
臨也は視線をゆっくりと自分の足元へ落として、赤い瞳を伏せる。
「別に?反らしてなんていないじゃないか」
「大きく反れてますよ」
臨也だって、自分がどうしようもないくらい愛を渇望している事くらい知っているし、その理由だって当然、分かっている。愛してる、だから、愛せ。自分の愛は酷く一方的で、尚且つ押し付けがましい、迷惑極まりないものだという事は重々承知の上だ。それでも、臨也はその押し付けがましい愛を、愛情表現を、止める事が出来なかった。好きの反対は無感情。臨也は、自分に何の興味も持たれない、という状況を酷く、大袈裟なまでに恐れている。だからいっそ、好きじゃなくていい、愛さなくたっていい、だから、せめて、憎んで、嫌って。極端な話だと思う。でも、臨也にはそれしか無かったのだ。愛情と嫌悪は似ていると、誰かが言った。臨也は思う。それなら、愛してると言う事は同時に嫌っていると言う事で、嫌っていると言う事は愛していると言う事ではないのか、と。
歪んでいる。酷く、いっそ滑稽なまでに。愛して(嫌って)、愛せ(愛さなくていい)、愛してる(嫌いになってよ)。矛盾してる、知っている。でも、それで、いいんだ。なのに、
「…っ…なんで、泣いて、」
訳が、分からない。ぽたり、と、足元を濡らすもの。臨也は帝人の言葉の意味が分からず、顔を上げる。普段、臨也の前では常に無表情と言う名の仮面を貼り付けている筈の帝人が、泣きそうに顔を歪めて、いざやさん、と弱々しく呟いた。
「……なに、その顔。変なの」
「っうるさい…です…」
臨也がゆるりと、力無さ気に笑ってみせると、帝人は慌てて両手で顔を覆う。臨也は、気付いていないのだろうか。頬を伝う、涙に。
感情が、瞳から零れ落ちているような、そんな気がした。臨也は、何処かぼんやりと、他人事のように思う。何せ臨也は、物心付いてからというもの、心の底から涙を流した事がなかったのだ。
「…泣かないでください、よ」
そっと、帝人の手が臨也のコートの端に触れる。
「……慰めてくれるの?」
「……」
「…っ…」
無言を肯定を受け取って、帝人の頭を引き寄せて、優しく抱き込む。誰も抱きしめていいとは言ってませんよ、と帝人の声が聞こえた気がしたが、臨也はそれを無視して抱きしめる腕に力を込めた。
愛してくれなくてもいいんだよ
(ああ、うそ。ほんとは、)
作品名:僕らは愛に餓えている 作家名:しずく