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揺らめきの下で

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揺らめきの下で

 目が覚めると、周囲は漆黒の闇だった。今宵は月も出ていないらしく、寝返りを打って外の様子を探ろうとして、隣に寝ている人物に気付く。
 やや長めの髪を後ろで括り、そのシルエットは正守よりも二回りほど小さい。けれど決して痩せぎすではなく、戦闘班に所属しているだけあって引き締まった身体を惜しげもなく晒している。――閃だった。
 そして思い出す。昨夜は閃を呼びつけて、傍若無人に抱いた。問題はその後の記憶がない。閃が眠ってしまったのを見守ったところまでは覚えているが、どうやら程なくして自分も眠ってしまったらしい。
 正守はこっそりと布団から出ると閃に布団をかけ直し自分は夜着を羽織って、行灯に火を入れる。頼りなく揺らめく明かりは、閃の眠りを遮ることのないギリギリの明るさだろう。と思ったのだが。
「……頭領?」
「起きたか、閃。明かり、つけないほうがよかったかな」
「いえ――」
 閃はまだぼうっとしているが、目を擦ったり自分の身体を見たりしながら、次第に目の焦点が合ってくる。
「俺、また寝ちゃったんですか」
「ちょっと無理させたからな。まだ休んでていいぞ」
「いえ、俺は帰ります」
 凛とした声で正守の誘いを断る閃。
「明日――もう今日か。何かあるのか?」
「細波さんと約束してて……」
 細波というのは閃をかわいがっている夜行の面子の一人で、実質的なナンバー3に当たる。
 かわいがられるのにあわせて閃もまた細波を慕っているようなのは正守も知っていた。
「細波のやつ、お前に変な知恵をつけさせたりする気じゃないだろうな?あやしげなDVDとか誘われてもまだ見るなよ?」
「見ませんよ!細波さん、暇を持て余してるみたいなんです。聞きましたよ。外出禁止令出してるそうじゃないですか」
「そこまで聞いてるのか。そう言われると、ますます放せないな」
「え?」
「俺より細波が大切か?」
「何、言って……本気、ですか?」
「冗談だよ」
 うまく冗談に聞こえたかは自信がない。
 大人げなく細波に嫉妬しているなど、情けない話だし、今までのしがらみ――扇一族へ情報を漏らしていたことと、それによって引き起こされた数々の悲劇と――がある分、どうしても複雑な口調にならざるを得ない。
 幾度も嘘を塗り固めて想いを隠した、これは罰なのかもしれない。
 素直に、限が死んだのは細波が情報を漏らしていたせいだと過去のどこかのポイントでぶちまけることができていたら、少しは変わっただろうか。
 閃は俯いて何事かを考え込んでいるようだったが、意を決したという風に顔を上げて真っ直ぐに正守を見つめてきた。
「頭領」
「ん?」
「俺、細波さんに稽古つけてもらってるんです」
「……へえ」
 正守は閃の横に座る。閃もまた身体を起こして正守と向き合っていた。
 閃が細波に懐いているのはわかっていたしその理由も何となく察してはいたが、閃の口から直接的な関係を語られるのは初めてだった。
「精神感応系の能力者は他に居ないし、まあ、訓練って言ったって的中率は夢占いとかのほうが確実なくらい低いんですけど……つまるところ、俺は細波さんを、言い方悪いけど利用しようと思ってて」
 細波を利用しようとしているというのなら、正守も同類だ。扇一族へと情報を漏らしていたそのパイプを使って扇一族の情報を集めるのに利用しようとして、裏切り者である細波を飼っているのだ。これは自分も細波に荷担していると言えなくもない。
「ま、俺も似たようなもんだな」
「だから頭領との間にあるようなことは、ないんです」
「ああ、そうだな」
 正守がそのくらいのことを知らないはずはないと知って尚そんなことを言い出した閃に、申し訳ないような嬉しいような不思議な気分がわき起こる。言葉にすることができなくて、そっと閃を抱き寄せる。
 その時だ。文机の上に置かれていた正守の携帯が鳴り出したのは。
「……なんだってんだ、いいところなのに」
 腕を伸ばして携帯電話を見ると、相手は非通知だった。
「寝てたことにして無視してやろうかな」
「駄目ですよ、出なきゃ」
 閃もまた正守に対してそうは言ったものの、実は電話なんて今すぐ放り投げて欲しい、そういう顔をしていた。
 互いの想いに素直に手に握った携帯電話を握りつぶしてすぐにでも閃に溺れたかったが、そうもいかないのでしぶしぶ電話に出る。
「はい、そうです……はい、ええ」
『――ですのでね、……事情もあることですし……』
「はい――わかりました」
 独特の緊張で張りつめた部屋で、正守は電話を切る。はぁ、とひとつ溜息をついて閃を抱き寄せていた腕に力を入れた。
「閃。もうしばらく休んでろって自分で言っておいて翻すのは性に合わないんだが、奥久尼が話があるらしい」
「奥久尼って……裏会幹部の、ですか?」
「ああ。本人からじゃないが、迎えをよこすそうだ。まったく年寄りは朝が早いってのは本当だな。日も出てないというのに――悪いな」
 謝りながら閃の額にキスをする。閃がそんな正守を真っ直ぐに見据えてくる。
「閃?」
「もう逢えないなんてこと、ないですよね」
 唐突に自分の生命に関しての質問を投げかけられて、正守は面食らう。閃はしまったという顔をした。
「電話がかかってきたのが奥久尼からだろうが裏会からだろうが、俺は別に……ただ」
「ただ?」
「……嫌な予感がするんです。奥久尼のところに行くようになってから、頭領、怪我も増えましたし」
「……気付いてたのか」
 隠しているわけではないし、少し気を付けていれば気付くのは当然だろう。けれど何故か、閃には隠しとおせてるような気がしていたので正守の心に罪悪感が生まれる。
「はい。それに俺、細波さんが夜行の情報をよそに流してたっていう話も、聞いてます」
「そう、か」
 正直、驚いた。閃は閃なりに、その目を光らせて夜行内の動向をリサーチしているらしい。
「諜報部員としての将来有望株だな」
 戦闘班を希望する閃に対しては少し皮肉な言葉だったらしく、閃は苦笑で返してきた。そして正守の背中に手を回して抱きしめる。
「戻ってきてください。早く。そして俺を安心させてください」
「ああ」
 胸に顔を埋めた閃の頭をゆっくりと撫でて、その額に、頬にキスして、最後に唇と唇を触れ合わせる。
 そして何かの誓いのように互いの額を触れ合わせたままで正守が閃に告げる。
「――行ってくるよ」
「はい」
 正守が夜着から着物に着替える間に、閃も服を着て支度を調える。二人一緒に部屋を出た直後、正守はふらつく閃を抱きすくめる。
「と、頭領、誰かに見られたら――!」
「だって名残惜しいんだもの」
 額を晒すように閃の前髪を透くと、閃がその手を握った。
「俺も、です」
 月は出ていないけれど、閃がきっと真っ赤な顔をしているのだろうなということは容易に想像できて、その想像が嬉しくて、正守はもう一度閃にキスをした。
                                          <終>
作品名:揺らめきの下で 作家名:y_kamei