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「何かが起こりそうな夜は祈りを捧げて目を閉じなよ」(4)

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 半期の中間会計書類を会計委員に提出した帰り、通り道の防音室から微かに聴こえる音に思わず足を止めた。ドアの小さな窓から覗いてみると、見慣れた姿を見付け、目が合った。
 見知った顔もいる中で勘右衛門は演奏を一時中断させて部屋から出て来たので、申し訳なく思いつつも、だけど自分が止めたって彼はこうするだろうと思い、三郎は手を軽く振った。
「三郎。どーしたの」
「たまたま聴こえてさ。勘、相変わらずうめーな」
「あはは、今の曲、まだ練習し始めたばっかで結構恥ずかしいんだけどね」
 でも音作りは結構こだわってんだよね、この間新しく買ったエフェクターの試運転も兼ねてさ、とまるで新しいおもちゃに喜ぶ幼い子供のように話す勘右衛門の笑顔は、知り合った頃から全く変わっていない。妙に尖っていたりだらしのない部分はあれど、音楽の話をするときの彼は全く無邪気だし、何より一本筋が通っている。筋を通す為に、元来器用な自分の性質を最大限に利用する。三郎も等しく器用だが、勘右衛門のこれは潔癖とも言えるくらいだった。だけどそれを4人が毛嫌うことがないのは、他でもない勘右衛門自身の信念に基づいた行動だと分かっているからだった。
 部活動時間の真っ最中だからなのか人通りが少なく、2人は近くの屋上へ続く階段の数段上がった場所に腰掛けた。陽が落ちてきた頃で影になっているせいか床が冷たい。そういえば空気も前に感じたよりも少し冷えていて、季節の変化を感じた。窓から見える青空に夕日が少し混じって、外からは運動部の歯切れのいい掛け声が聞こえた。
 ギターとシールドとチューナーを携えた勘右衛門にごめん、チューニングしながらでもいい? と聞かれた三郎は、特に悪いわけもなく頷いた。チューナーに繋いで、勘右衛門が弾いた1弦が鳴って揺れるのを黙って眺めながら、そういえば以前、彼が絶対音感を持ち合わせていないことを悔やんでいたことを思い出した。今もそうなのだろうか、悔やんだって仕方ないから、口に出さずせめてもの努力をしているのだろうか。好きなだから努力する。取り立てて好きなものもない三郎にはそれが羨ましかった。
『俺さ、器用だけど、出来ないこといっぱいあるんだよね、それが悔しくて、つい熱が入っちゃうっていうかさ』
 そんなことを言っていたのは一体いつだったか、あの時の勘右衛門の生き生きした顔といったら。
『例えばほら、俺、武器は得意だけど、組み手とか体術がまだ───』
 ───一体、いつ、だった?
「あ、ねー、そういえばさ」
 沈黙を破った勘右衛門の声で、我に返る。
「なんだっけ? 前世がどーのこーのってやつ」
「あ、あー。悪い」
「なんで謝んの」
「我ながら胡散臭いと思うんだけどさ」
「いや全然、っていうか、むしろ俺はそういうの結構いいと思うけど」
 今までにない肯定意見に三郎が少し驚くと、勘右衛門は目を合わせて、何の気もなさげに言う。
「だってなんか、三郎、荒唐無稽に言ってるわけじゃなさそうだし。それなら、ちょっと信じたくなるじゃん」
 それにちょっとロマンチックだし、『生まれ変わっても』なんてさ。
 なんて歯を見せて笑うので、思わず三郎も少し笑った。ほんの少し、だけど何故だか唐突に、理由は分からないのに、泣き出したいような、叫び出したいような気持ちがして、ゆっくりと目を反らした。勘右衛門のギターのボディに薄らと自分の姿が映って、ひどく情けない気分になった。
 ───空想だといい、空想ならいい。そうだとはっきりすれば、きっとこの気分も晴れるだろうに。
 既視感の出所が未だに掴めないまま、三郎はもう思考に疲れ、暫く雑音に耳を傾けていた。目の前の不規則なギターの単音に、音今度は吹奏楽の壮大な音色も微かに混じって聴こえる。リズムを足で小刻みに取ると、やっぱり不思議と頭はクリアになるもので。こういう気分の変え方を沢山知っているのも、三郎が器用たる所以だった。どんな時も精神的に追い詰められることだけは絶対にない。自画自賛の趣味はないが、どこまで強かなのかと内心で自嘲した。
 6弦の切れのいい音が響くと、勘右衛門は終ーわり、と独り言のように呟き、チューナーの電源を落としシールドをギターから抜くと、ギターを抱えたまま立ち上がって階段を下がった。
「そうそう、前三郎が言ってたじゃん、三郎の好きな曲さ」
「?」
 ピンとこなくてつい首を傾げると、勘右衛門がまだうろ覚えらしいギターを弾く身振りをしながらイントロを口ずさんだので、途端に理解して三郎は「あ」と声を出した。
「あれ、原曲が女の子ヴォーカルじゃん? それで丁度良い女の子ヴォーカルが見付かったから、今度のライブでやることにしたんだ。他の3人も誘って観に来てよ」
 元は旧い曲だがやたらと聴いていた覚えがあって、最近ふと思い出し、折角だと久方振りにアルバムを買ったら懐かしくてつい、勘右衛門に無理矢理聴かせたものだった。そうしたら意外にも勘右衛門自身も気に入ったらしく(三郎と勘右衛門は趣味が違ったし、そもそもそこまで取り立てて興味もない三郎は、今まで音楽の話を自分からは振らなかった)、「音源貸してよ」と言われ、何の気なしに貸して2週間経ったらこの通りだ。思い込んだら一直線で、意外にも不言実行、そして努力の姿を人に見せない。なるほど女にモテるわけだと、三郎は納得している。
 返答に困っていると勘右衛門は、人差し指を口にあててしー、と内緒話でもするかのように悪戯っぽく笑いながら言った。
「大丈夫、あのヘタウマな感じ、ちゃんと出すからさ」
 ね、チケットも取っとくしさ。八左ヱ門とは違う、だけど人懐っこい笑顔をするので、三郎は思わず
「楽しみにしてるよ」
 と笑って返した。勘右衛門も笑った。いつも通りの取り留めもない会話のようだった。


 「そろそろ戻らないと怒られるや。このチューナーベースの奴のなんだよね、ごめん」と苦笑いしていた勘右衛門と別れ、三郎は一人廊下を歩いていた。肘の下のあたりまで軽く捲っていた袖を少し肌寒さを感じて手首まで下ろした。
 雷蔵は今日は部活だ。帰りはどこに寄ろう。この前の御礼に雷蔵にアイスを買って帰ろうか。それとも駅前のCD屋にでも行こうか。腹も減ったし早く帰ってしまおうか。今日の寮の食堂の定食は何だろう。そういえば最近全員揃って食堂に行っていない。昨日だって八左ヱ門と雷蔵と3人だった。今日は兵助と、勘右衛門はいるだろうか。最後に5人で揃った日が懐かしく思えて、しかし忙しい時期だろうし仕方ないと三郎は思い直し、それよりも先に提出した会計書類に記入漏れはなかっただろうかと思考を移した。
 久しく忘れていた、取り留めのないことを考える感覚を思い出して、楽しくて、三郎はまた少しだけ笑った。