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懐古

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「タクトくん、あそこでお祭りやってるよ」

つい、と白い爪の先が指し示した場所に、賑わしい祭りの明かりが揺れている。
ごく小さな神社と、数少ない屋台。
それでも近所の住人同士で騒ぐには充分なのだろう、狭い路地は人で溢れかえっていた。

「祭りか…懐かしいな。いつだったか…幼い頃、ヨウスケと行ったことがある」
「楽しかった?」
「さて…どうだろう。あまり記憶にはないが…」

目を細め、タクトは祭りの様子を眺める。
本当ははっきりと覚えていた、喧嘩しながら射的をしたことも、かき氷を食べ過ぎて頭が痛くなったことも。
しかし隣にいるアキラには祭りで遊んだという記憶がないのかもしれない。
そう思うと楽しかったと素直に言うことが出来なかったのだ。

「…ね、ちょっと寄ってもいいかな?りんご飴食べたいんだ」
「りんご飴?あんな身体に悪そうなものを食べたいのか貴方は」
「あはは、お祭りの醍醐味じゃない。行こう、タクトくん」

自然と繋がれた手に引かれ、タクトは喧騒の中へと足を踏み入れた。
威勢のいい呼び込みの声にアキラが目を丸くして一々足を止めるのを、微笑ましいと思う。
植えつけられた記憶は偽物でしかなくても、こうして本当の記憶を二人で綴っていければいいのだ。
贖罪の旅と、アキラとの思い出。
タクトは自分が壊さずに済んだ世界を、あるいは壊してしまった世界を、静かな目で見詰めている。

呼び止められるたびに買ってしまったアキラの手の中には色んなものが溢れていた。
りんご飴、たこ焼き、焼き蕎麦、串焼き、トロピカルなジュース。
流石にかき氷は断ったらしい。
それでも一人では食べきれない量を抱え、アキラはにこにこと笑っている。

「アキラ、冷めるとこういうものは不味くなる。座って食べよう」
「えっと…あ、あそこのベンチ空いてるよ」
「神社にベンチと言うのも納得しがたいが…背に腹は変えられない。行こうアキラ」

半分持ってやりながら手を引く。
繋いだ手は離さない。
いつでも触れていたいのだ。

「ふふっ、美味しそう!」

膝の上に置いたたこ焼きを見ながら、アキラが笑う。
タクトはその様子を見ながら、自分の膝の上に焼き蕎麦を乗せて割り箸をパキリと割った。
一口食べれば懐かしい味がする。
チープなのにどうしてだか美味しい、屋台の味だ。

「私も焼き蕎麦食べたいな」
「フッ…色気より食い気だな、貴方は」
「折角だもの、食べなきゃ損だわ」
「まあその意見は尤もだが…アキラ、口を開けろ。僕が食べさせてやる」
「えっ?!」

割り箸で一口分を掬い上げ、タクトはアキラの口許にそれを突きつけた。

「ひ、人が見てるけど…!」
「別に構わない。僕は貴方を愛しているし、それは誰に見られたところで変えようのない事実であり、真実だ」
「そんな大袈裟な話じゃないと思う…」
「ほら、アキラ」

根負けして口を開いたアキラに焼き蕎麦を与え、タクトはふわりと目を緩めて笑った。
思惑通り、くちびるの端に焼き蕎麦のソースが付着している。
子供みたいな顔になったアキラに満足しながらそっとくちびるを重ねてソースを舐め取ってやれば、膝のたこ焼きを気にして身動き出来ないアキラはタクトのなすがままだ。

「……美味だな、屋台の味も悪くはない」

笑うタクトの口の中に熱々のたこ焼きが放り込まれたのは、恐らく自業自得というものだった。
作品名:懐古 作家名:ユズキ