足跡
さくさくと踏みしめる雪はリュウキュウでは体験出来ないもので、心が躍る。
子供みたいだと隣で笑うユゥジは慣れた足取りで雪道を歩いているが、アキラはおっかなびっくりユゥジの腕を掴みながら進んでいた。
気を抜けば足を滑らせて転びそうになるのだ。
ユゥジの言うことを聞いて滑らないような靴を選んでいればと悔やむものの、今更である。
「ユゥジ、ちょっと待って…きゃあっ…!」
「おいおい、だから言っただろ?仕方のないやつだな」
右足を思い切り滑らせたアキラの身体を支え、ユゥジはからりと笑った。
いつも通りの靴で滑らずに歩いているのを見ていると、流石は雪国生まれの雪国育ちだと感心する。
アキラもこれに慣れなければならないのだ―――ゆくゆくはハコダテに住みたいと言っているユゥジのために。
そのときにはアキラの苗字は津賀になって、賑やかな家族に囲まれて過ごすことになるのだろう。
まだ具体的にそんな話が出ているわけではなかったが、今日はユゥジの家族への挨拶も兼ねてのハコダテ旅行だ。
きちんとした服装で訪問したいというアキラの気持ちを考えれば靴が雪国向けのものではないのは当然だった。
「抱きかかえてやろうか?」
「結構です!」
「遠慮しなくてもいいんだぜ?ほらほら、津賀ユゥジ様のひろーい懐に飛び込んで来いって」
「お断りします!」
恥ずかしがるアキラをからかうのはユゥジの楽しみの一つらしい。
頬を火照らせ、肩を怒らせて歩き出したアキラの背中からからからと屈託ない笑い声が聞こえ、アキラはますます意固地になった。
本当なら腕を掴んだままそろそろとゆっくり歩きたいのに、ユゥジの足音がすぐ後ろから聞こえるとつい速度を上げてしまう。
冷たい風が痛いほど耳に吹きつけ、頬にのぼった熱もあっという間に奪われた。
一度体験したとはいえリュウキュウとの違いに順応しきれない。
風が段々強まっている気がして、アキラは足元を必死に凝視していた目を空に向けた。
厚い雲で覆われた空からは次々と雪が落ちてきている。
「アキラ、ちゃんと前見てねえと転ぶぞ」
「大丈夫だもん…っわ!」
「アキラ!」
ふわっと身体が浮き上がる。
水溜りが凍った場所に足を乗せてしまい、一気に滑ったのだ。
せめて頭だけはと身を縮めたところで腕が強い力で引かれて更に身体のバランスが崩れる。
自分の体勢がどうなっているかも分からない。
ぎゅっと目を瞑って心の中でユゥジの名を呼ぶ。
助けて、と届かない声を上げたアキラの背中が痛みもなくどすんと暖かなものに当たった。
「っと……だから言っただろ、転ぶって」
目を開けると腹部に逞しい腕、そして顔を捻ると苦笑する優しい顔があった。
身体の下にはユゥジの身体があり、クッション代わりになってくれていることを知る。
「ユ…ユゥジ?!」
「ん?どうした、どこか捻ったりしてないか?」
「ごめんなさい!ユゥジこそ大丈夫?怪我はしてない?」
「ああ、俺なら平気だぜ。お姫様を守るのは俺の役目だからな」
慌てて立ち上がろうとするアキラを、ユゥジがぎゅっと身体に縫い止めるように抱き締めてくる。
しんしんと雪が降る中、人通りの少ない道とはいえ、屋外で臆面もなく抱き締められて羞恥に手足をばたつかせた。
しかしユゥジの力は緩まない。
それどころかますます力は増すばかりだ。
「ユゥジ…ちょっと、ねえ…」
「あー、やっぱいいもんだな。故郷で、雪の中で、こうしておまえを抱き締めてさ……夢に見た光景ってやつだ」
「公道ってことを忘れて変な夢見ないでよ…」
「まあまあ、この雪だから誰も見てねえって」
「私が恥ずかしいの!」
「やれやれ、お姫様はわがままでいらっしゃる。ほらよ、次こけたら強制抱っこだからな」
慌てて身を離して立ち上がると、ユゥジの温もりがあっという間に消え去ってしまう。
心なしか寂しさを感じるのは寒さのせいだろうか。
アキラはそっとユゥジの袖を引いて、大きな手に指を絡めた。
「じゃあ行きますか。実家によ」
俺の、と言わないあたりが何となく気恥ずかしい。
それでも頷いたアキラの手を引いてユゥジはゆっくりと歩幅を合わせて歩き出す。
雪の上には二人分の足跡が、寄り添うように並んでいた。