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行き詰まりは世界滅亡の夢を見るか?

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ゾンアポ




長い夢を見ていた、とアポリアは言い出した。
はじめは小さな命だった。
私の世界は、逆さまからはじまった。おそらく、母親の腹の中から世界をみていたのだ。理解する脳もなく、ただ映像としてそれは私の脳に刻み込まれた。キミは私の脳をほんの少しいじっただろう。その時にもしかしたら私のみた世界をキミもみたのかもしれないな。平和だった。美しかった。色にあふれていたんだ。
ゾーンは、黙ったままアポリアの告白を聞いていた。もちろんゾーンはそんな映像をみていない。だが、想像することはできた。簡単だ。この世界が滅亡する前の世界を思い出せばいい。
ゾーンが相づちをうつと、アポリアはまた語り出す。
私は幼く、そして守ってくれる両親がいた。愛してくれる人々がいた。手を伸ばせば繋いでくれる手があった。今とは違う名前で呼ばれていたんだ。私が自分自身で名付けた、この絶望にまみれた名前ではなく……もっと、平凡な名前だった。私はある日両親に、聞いたのだ。私の名前の由来をな。母はこう答えた。「宝物って意味なのよ。私の大事な××××」父がつけてくれたらしい。私は不思議で仕方がなかったよ。
なぜですか、とゾーンが聞いた。名前は両親からの最初と贈り物だということにいまいちぴんとこなくてな、とアポリアは答えた。愛する子供にアポリアと名付けることは決してありません。私はあなたをほんとうの名前で呼びたかった。アポリアが今度はなぜだと聞いた。ゾーンは沈黙したのでアポリアは口を開いた。
私はその愛の中で成長し、やがて愛する者に出会った。彼女は快活で、聡明だった。言葉ではいえないほど私は彼女を愛したし、彼女もまた私を愛してくれた。そのとき私ははじめて自分が幸せの中にいることを知ったのだ。彼女と出会ってから長い時がすぎた。結婚をした。子供が産まれた。産まれたての赤子というのは、あんなにももろいものなのだな。笑えるだろう。さっきから私は、自分でも驚くようなことをキミに話している。笑ってくれてもかまわない。実は私もさっきから、おかしくて腹がよじれてしまいそうなのだ。ほんとうにおかしな……。
アポリアはそういって目頭を押さえた。
馬鹿だろう、私は涙を流せないというのに、夢の中の私はこうやって涙を流していたんだ。そう、あれは……子供が産まれたときと……。
アポリアは逡巡して、ふっとふきだした。
妻がゴキブリを足で踏みつぶしたときだ。正直あのときは自分が情けなかったぞ。情けないわ、と踏みつぶした靴を私にむかって投げ飛ばしてきたのだ。その靴は私の顔に……こらゾーン、キミも今笑っただろう。
笑ってませんとゾーンは淡々とした調子で答えた。ただその言葉が少し早かったからアポリアはゾーンが意固地になってそういっているのに気がついた。とにかく、とアポリアは話を戻す。
そうやって、私たちは生きていった。子供を見送り、愛する者と余生を静かに過ごした。そして、とうとう私にも天命を全うするときがきた。私は幸せだったのだ。愛する人に看取ってもらえるという最期があんなにも満ち足りた気分になるのだと。ただ、すうっと眠るような気分だった。静けさの中に沈んでいって、私は0になった。そして目覚めたら、キミがいたんだ、ゾーン。私はそこで思い出した。キミとの別れの時を。
アポリアは息を詰める。まくし立てるように言った。
キミを置いて死ぬときに感じたのは罪悪感だった。この荒廃した世界にたった一人残していくのが耐えられなかったのだ。私が夢の中で幸せを感じたのは、その世界が平和だったからだ。ゾーン。私はキミとそんな別れがしたかった。
ゾーンが、なだめるように、優しい声をだした。
アポリア。あなたは少し興奮している。まずは落ち着いてください。あなたがそんなことで罪を感じることはない。人は老いには勝てないものですから。むしろあなたは私を憎むべきだ。私もあなたとそんな別れがしたかった。そのために、あなたの未来を救うために私はあなたを再び絶望へと突き落とさなければならないのだから。
ゾーンは、言い終わってからはっとしたように口をつぐんだ。アポリアはやはりか、と口元に笑みをたたえた。
キミがみせていたのだな。あの夢を。
アポリアは手を伸ばしてゾーンの体に触れようとする。だが、ガラスに阻まれてしまった。それでもアポリアはゾーンにふれようとするようにガラスに手をそえた。ゾーンはその大きな手にふれたくて仕方がなかった。彼らがまだ人間だった頃、人は手をふれあわせることで、心をかよわせていたからだ。ゾーンはガラスケースにぎりぎりまで近づいた。アポリアの声を決してききのがすまいと。アポリアはそれに少し安心したようだった。
ほんとうはすべて私の幻覚がみせた夢だと思ったのだ。しかしキミが罪を感じて、私にそういった夢をみせているのなら私はそっくりその言葉をキミに返さなければならない。キミがそんなことで罪を感じることはない。私にはもう絶望も希望もいらない。私が望むのは、キミの望みが叶うことだ。そのためには感情すら消さなければ彼らには勝てないのだ。さぁ、ゾーン。消してくれ。私を消してくれ。
アポリアは懇願した。ゾーンは赤い目を直視していたくなかった。アポリアは最後にこう付け足した。
ありがとうゾーン。最期に幸せな未来をみせてくれて。私は、あの未来のために、今やっと、すべてを捧げる覚悟ができた。




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